なぜ綾波はアスカよりも人気があるのか〜『戦闘美少女の精神分析』

2006年5月にちくまによって文庫化された『戦闘美少女の精神分析』を読了。著者の斎藤環氏は精神病理学等を専門とする医学博士。昨年の「萌え」ブームへの便乗かと思いきや、実は2000年に太田出版から刊行されたものの文庫化であり、その後の「萌え」「ひきこもり」を全て予言している慧眼にまず驚く。

戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

著者は戦闘美少女の系譜を「紅一点系」「魔法少女系」「変身少女系」「チーム系」「スポ根系」「服装倒錯系」「ハンター系」「同居系」「ピグマリオン系」「巫女系」「異世界系」「混合系」の13のタイプに分類。戦闘少女の頂点をエヴァンゲリオン綾波レイとしている。同じエヴァでもアスカへの言及は私の確認する限り一言もない。では、なぜアスカではなく、綾波なのか。

著者の主張に沿って述べれば、戦闘美少女の本質は、特異な生成空間に現れて戦うことのみを意義付けられた存在だからである。より踏み込んで言えば、戦闘美少女という存在そのものが「虚構」なのだ。だから、一見逆説的ではあるが、空虚であればあるほど、虚構の世界の中では純粋な存在になる。だから、生身の人間であり様々なトラウマを抱えるアスカよりも、記憶も動機もないクローン人間である綾波の方が、純度の高い戦闘美少女となり得たのだ、と。

このほかにもラカンやベルクソンに依拠した興味深い分析が満載。ちなみに、昨年の流行語にもなった「萌え」の語源についても、セーラームーンの「土萌ほたる」の2ちゃんのスレッド名「ほたるに萌え萌え」が語源であるという説と、「天才てれびくん」内のアニメ「恐竜惑星」のヒロイン「鷺沢萌」が由来であるという説の二つを紹介しており、著者の取材のディープさを窺わせる。

個人的な希望を述べると、斎藤氏には、本書刊行後の戦闘少女の一つの象徴になりつつある『GUNSLINGER GIRL』をどこかの時点で論じて欲しいと思った。ヘンリエッタは「ピグマリオン系」に属する空虚な存在なのか否か。もちろん『テヅカ・イズ・デッド』で伊藤剛氏が指摘しているように、このマンガの分析は一筋縄では行かないところはあるのだが。

いずれにしても、本書は近年のおたく論争に興味のある人の必読書と思われる。巻末に東浩紀による解説あり。