行定勲監督『ナラタージュ』でadieuの歌声を初めて聴いたのが2017年10月。
ということで、上白石萌歌の名前ではなく、adieuの名義での活動も5年に及ぶことになる。
彼女の持つ透き通った歌声、そして、後に藤井風のアレンジも手がけるYaffleのミニマルなアレンジ。
この組み合わせが生み出す世界観は、ポップミュージックとは異なり、まるで短編小説を女優が語るかのような独特の空気を纏っている。
2019年にファーストミニアルバムを出し、2021年にセカンドアルバム、そして2022年9月にサードアルバムをリリースしたadieu。
充実した楽曲を提げてのTour 2022 -coucou-の初日、LINE CUBE SHIBUYAの公演に足を運んできた。
ステージは、今年発表された「穴空きの空」で幕を開ける。
夜の空に吸い込まれるような、深い蒼い海に包まれて行くような、そんな幻想的な空間。
幽玄ともいえるバンドの音の中から、adieuの歌声がとても優しく浮かび上がって、そして聴く者の心の奥に沁みてくる。
音源で聴く彼女の声は、いつも少しだけ儚さのようなものを纏っている。
けれども、生で目の前で発せられるその歌声は、スマホのイヤホンを通じて聴くものの、何十倍、何百倍も力強く、そして温かい。
「灯台より」に続いて、betcover!!のヤナセジロウの手掛けたアップテンポな「旅立ち」へ。
ここでadieuは客席に向かって「立ちましょう」と誘いかける。
ギターのカッティングが印象的で思わず身体が動きそうになるナンバーで、これはじっと座って鑑賞しているだけではもったいない。
「強がり」「天気」と、まるで映画の中の世界のようなadieuの世界が続くと、今度は自らも椅子に座り、観客も座らせて、じっくりと聞かせるアコースティックのパートへ。
アコースティックギター一本の演奏に乗せて、カネコアヤノ提供の「天使」、澤部渡提供の「景色/欄干」、そして「ダリヤ」。
「汚れのない」と形容したくなる真っ直ぐな歌声が、心地よいリズムの揺らぎとともにホールに響き渡る。
あらゆるものを浄化していくような天使の歌声と言っても言い過ぎではないだろう。
このままずっとアコースティックのシンプルな世界に浸っていてもいいという気持ちになったところで、公演は後半に入り再びバンドメンバーを迎える。
古舘佑太郎の提供した「愛って」では繊細さの極みを聴かせ、「蒼」では逆境の中に希望を見せてくれ、君島大空による「春の羅針」では孤独に寄り添うような包容力を感じさせてくれた。
デビュー曲「ナラタージュ」、代表曲「よるのあと」に続いて、ミニアルバムの中でもひときわ大人っぽい味わいの「ワイン」。
小袋成彬によるこの楽曲は都会的で刹那的な味わいがあり、どちらかというと素朴さのようなものを個性としてきたadieuにとっては挑戦ともいえる楽曲になったと思われる。
だが、ライブでも背伸びした雰囲気を感じさせることなく、ごく自然に楽曲の求める色香を発していて、彼女自身がデビュー以来5年間の月日を経て、着実に熟成を続け、芳醇な表現力を身につけていると感じずにはいられなかった。
ここまでのセトリで、ミニマルで幻想的な世界をadieuだが、ここからは豪華なゲストを迎えたラストスパート。
なんと、相対性理論の永井聖一、そして元ねごとのマスダミズキを加えたトリプルギター。
NHKの番組でカバーした松任谷由実「Hello, my friend」を皮切りに、ギターの歪んだ音の洪水に埋もれそうになる迫力ある「シンクロナイズ」、クライマックスはトリプルギターの音が深い残響の中で混ざり合っていく圧巻の「ひかりのはなし」。
メンバーが退場しても音が響き続けるという演出で、想像していた以上のとんでもないものを聴いたという感じ。
アンコールは、NHKの朝ドラで歌子として披露した三線弾き語りの「娘ジントヨー」をしっとりと。
そして、最後の最後は柴田聡子の「夏の限り」。
切なさや喪失感を想起させる夏の終わりから秋への移り変わりを見事に表現したナンバーで、adieuの歌声がまるで夢の中の想い出に誘うようで、1時間半を超える公演の最後の最後に忘れられない余韻を残した。
adieuの紡ぐ世界は他に並ぶもののない個性を持っていて、僕はきっとまたこの世界に浸りたくなる日が来るだろうと思わずにはいられなかった。