これぞ文学〜『蝿の王』

仕事は忙しくなってきたけれども、気分はまだ夏休み読書週間。ということで、ウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』を一気に読んだ。

蠅の王 (新潮文庫)

蠅の王 (新潮文庫)

本業は教師であったゴールディングの43歳のときのデビュー作。偶然にも、昨日のエントリーで感想を書いた『終の住処』の磯崎憲一郎と少なからず共通点がある。

だが、内容は全く違う。『蝿の王』はすさまじい作品だ。これぞ文学。一見したところ少年達が無人島に漂着するという古典的な冒険譚の形式を取っているが、中身は全く建設的ではない。人間に潜む残酷な本性、エゴと公共性の対立、権力の正統性、理不尽な暴力、武力なき正論の虚しさ、そして救済の意味…などを考えさせられるようにストーリーが進む。

あまりに息詰まる展開に、気分が悪くなりそうになる。だが、これを直視しなければ、人間を理解することはできない。ここから目を背けたら、現実の社会や人生への洞察は得られない。「神と悪魔」が主題の一つになっているが、ドストエフスキーのように観念的な独白が多くなったりすることもなく、主観と客観の描写が絶妙のバランスを保っていて、いかにもイギリス文学らしい。

ゴールディングが後にノーベル文学賞を受賞したのも頷ける衝撃的なデビュー作。文学とはこうでなくてはならない、とまでは言わないが、ある種の高みに到達している傑作。

ちなみに、新潮文庫の表紙は池田 満寿夫の仕事。スタイリッシュ。