納得のエンディング〜『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年、アメリカ、ジョン・ワッツ監督)

スパイダーマン「ホーム3部作」の3作目「ノー・ウェイ・ホーム」を観た。

www.spiderman-movie.jp

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先行したアメリカでの評判が高いのと、予告編でのドクター・ストレンジの多重宇宙がどうこうというセリフから、スケールの大きな<物語>になっていることは想像できた。

こういうのは放っておいてもネタバレが飛びんでくるので、どうしても避けたいということで公開翌日、最初の土曜日の回を予約した。

満席だった。

危なかった。



(以下、ネタバレあり)



スパイダーマンの映画は、トビー・マグワイヤとキルスティン・ダンストの3部作、「アメイジング」と題されたアンドリュー・ガーフィールドエマ・ストーンの2作、そして「アベンジャーズ」の系譜に位置付けられたトム・ホランドゼンデイヤの作品を観てきた。

そういうファンは多いと思う。

バットマンシリーズなどと同様、それぞれは「大人の事情」で分断されている、別々の世界線の作品だと割り切って見てきた人が普通だと思うが、それがまさかドクター・ストレンジの魔法で繋がってしまい、それどころか3人のスパイダーマンが共に戦うという場面を見ることになろうとは。

これがウケないわけがない。

日本の特撮で言えば、「仮面ライダー大集合」にも匹敵する興奮。

とにかく、最近のアメコミ映画はMCUにしてもDCにしても、どんどんマニア向けになってとっつきにくい感じがあった。

それを、このスパイダーマンは「いんだよ、細けえこたあ」と言わんばかりにエンタメに振って、しかも主人公もヒロインも親友も高校生にしたことで、青春群像劇としても成立させた。

これがウケないわけがない(2回目)。

コロンビア(ソニー)とマーベルの「大人の事情」も乗り越え、アメイジングが2作目で「頓挫」した不幸さえも消化し、MCUでアイアンマンやドクター・ストレンジと繋がった絆を武器にし、「親切な隣人」にして等身大のヒーローのポジションは崩さず、神格化されることなく、物語を結末に導く。

「そうきたかあ」と唸らされ、全体的にテンポよく話が進み、アクションも期待を上回る密度と速度で進む。

最近、何本もアクション映画を見たけれども、ここまで不満を感じさせない作りのものは少ない。

ジョン・ワッツ監督40歳恐るべし。

久しぶりに見たトビー・スパイダーマンは、以前の真摯さを保ったまま、後輩スパイダーマンへの理解をも示す包容力のある大人になっていた。

黒歴史ギリギリかと勝手に思っていたアンドリュー・スパイダーマンは、以前よりもぐっと深みを増して人間臭い姿を見せてくれるようになっていた。

そんな二人の先輩をまとめながら、敵として現れた怪人たちを元の人間に戻してから元の世界に帰そうとするトム・スパイダーマン

もはや「鬼滅の刃」の炭治郎並みの人のよさである。

叔母を殺した相手にだけは「絶対に許さない」との態度になるが、それを身体を張って止めるトビー・スパイダーマン

王道展開に涙が出そうだった。

敵を全部「成仏」させた後、多重宇宙の次元の裂け目を塞ぐには、全ての人からピーターの記憶を消すしかないということになり、それを受け入れるトム・スパイダーマン

世界を守るために恋人のMJの記憶から消えることも受容する彼は、真のヒーロー。

歴代のスパイダーマンシリーズのファンを納得させるエンディングで、傑作として歴史に残る作品になった。