冷戦が終わって以降、スパイ映画の「仮想敵」はソ連・ロシアからテロリストに変わった。もはや「東西」の対立の構図はリアリティを持たなくなっているのだ。
それに伴い、ジェームズ・ボンドの人物像も変わっているように見える。かつては「機械のように正確だが感情が乏しい」東側に対して、「ときどき規則を破り人間的な」西側という対比の下、古き良きボンドには余裕があり、ユーモアがあった。
だが、冷静終了後はどうか。先進国はグロ―バル化の中で競争を余儀なくされ、余裕はなくなっている。むしろ資源を持っている途上国の方が豊かではないか。となると、図式は「東西」から「南北」に移る。北の先進国のスパイのターゲットは、南の資源になってくる。そこには正義も主義主張もない。あるのは「富」だけ。
前作『カジノロワイヤル』ではゲームで敵を破産させることが目的であり、続編にあたる『慰めの報酬』では某国の水資源をめぐる利権がストーリーの核心となっている。
ここまでくると、ジェームズ・ボンドは、MI6所属のスパイでなくて、総合商社勤務のビジネスマンだったとしてもスト―リーが成立しそうだ。ダニエル・クレイグの場合、トムフォードのスーツの着こなしや、短くてこざっぱりとした髪型や、使命にどこまでの忠実である態度や、体を鍛えているところなど、見ようによっては、そこはかとなくデキるビジネスマンにも見えてしまう。
東西冷戦の終了は、余裕しゃくしゃくでどこか貴族的でさえあったジェームズ・ボンドを、働けど働けど楽にならない労働者のような存在に変えてしまったのだろう。
ストーリーの詳細は割愛するが、そんなダニエル・クレイグ版ボンドが人気を博しているとすれば、世界中のビジネスマンが彼の境遇にわが身を重ねているのかもしれない。
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