何度でも爆笑できる―『007は二度死ぬ』

明らかに異質で遠く隔たったものは、どうしたわけか、かえってよりなじみ深い地位を獲得するものなのだ。人は事物を、まったく新奇なものとまったく既知なものとの二種類に分かつ場合には、判断を停止する傾向がある。
(E・サイード『オリエンタリズム』)

007シリーズ5作目にあたる『007は二度死ぬ』を観た。僕が生まれる前、東京でオリンピックがあった。そして、僕が生まれる前、日本を舞台にした007の映画があった。そんな伝説的作品。

時は冷戦下の宇宙開発時代。アメリカとソ連の宇宙船が謎の飛行物体に捉えられるという事件が起こる。米ソが互いに相手を疑う中、イギリスの MI6 は日本周辺が怪しいとの情報を掴み、ジェームズ・ボンドは日本に密に入国する。冒頭に一瞬香港が出てくる以外は、舞台はずっと日本。

その日本で登場するのは、スモウ、キモノ、ゲイシャ(もどき)、そしてニンジャ。あまりの事実誤認に日本人俳優らが意見を言ったらしいが、その結果がこれか、というトンデモレベル。嫌な気分を通り越して、ひたすらおかしい。何度でも爆笑できる。

ストーリーの見所を列挙し始めるときりがないが、なぜか国技館で相撲観戦をしながらエージェントとコンタクトするところとか、下着姿の女性を侍らせて風呂に入るところとか、ヘリコプターで敵の車を撃退するところとか、ボンドが日本人に変装して偽装結婚するところとか、敵のアジトの火口に忍者集団が侵入するところとか、もうどこからどう突っ込んでいいのか分からない。

また、恒例のボンドガールは、若林映子と浜美枝。当初は二人の役はそれぞれ反対であったが、英語の上達しない浜美枝に台詞の少ない海女役をあてがったとのこと。その結果、車の運転できないボンドガールに、泳ぎの苦手なボンドガールという事態に。

そんな中でかっこいいのは、ボンドカー。そして、若き日の丹波哲郎演じるタイガー田中。

ボンドカーのトヨタ2000GTは非常に美しいフォルム。だが、ジェームズ・ボンドが乗るには小さすぎたため、屋根を取っ払った特性のオープン仕様。ボディ剛性とか衝突安全性とかは…無視したんだろうな、やっぱり。

そして、丹波哲郎のタイガー田中は、堂々とした演技と流暢な英語が印象的。いまややる気のなさが全面に出ているショーン・コネリーよりもよほどハンサム。英語での演技は、渡辺謙に匹敵、いやそれ以上ではないかと思っていたら、英語の台詞は全部イギリス人俳優の吹き替えだったと後で知った。

全体的に、タイトルのかっこよさとは裏腹に、舞台を日本にしたことでえもいわれぬB級映画の香りが漂う作品になっている。舞台を宇宙に広げようとした割に、結局は、敵のアジトでの忍者合戦に収斂してスケールダウンしている気がしないでもない。ショーン・コネリーが、007映画への出演をこの作品限りにしたのもなんとなく理解できる(後に『007ダイヤモンドは永遠に』で復活)。

だが、いまの日本人の視点でこの映画を鑑賞すると「欧米から見た日本」の誤解がはっきりと分かって面白い。その誤解をそのまま映画にしてしまっているのがこの作品であるといっても過言ではない。日本人必見の傑作、とは思わないが、日本人なら爆笑できる怪作だと思う。この作品に関しては、誰かと一緒にツッコミながら観るのが正しい鑑賞法だろう。

それにしても、こんな映画が、また日本で撮影されるような日が来るのだろうか。そして、いつかまた日本でオリンピックを開催する日が来るのだろうか。

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