今年に入って三冊目の歌野晶午は、2002年の作品『世界の終わり、あるいは始まり』。
公式の紹介文は以下の通り。
私の子供が誘拐犯なのか? 新境地を切り開く衝撃のサスペンス!
東京近郊で連続する誘拐殺人事件。被害者たちの父親の名刺がすべて、なぜか私の子供の部屋にある。そのとき父親がとった行動は?衝撃の長編サスペンス!
「サスペンス!」が2回使われているが、どこにも「ミステリ!」とは書いていない。そう。これは事件が起きているが、解決が示されるわけではないのだ。
ネタバレを避けつつ言えば、これはある種の実験小説である。ループ系に近い。想像力の具現化と言ってもよい。主人公は雛見沢症候群というべきか。『東京大学物語』というべきか。ただ、この設定だけでこれだけの長編を引っ張るのはやはり無理がある。終盤にかけてどんどん辛くなる。もう少しコンパクトにすれば、良い印象が残ったのではないか。この作家の文章にはやや単調なところがあるので、余計にそう感じる。
そして、何よりもこの作品を賛否両論にしているのは、エンディングだ。これでカタルシスが得られる人がいるのだろうか。ミステリだと思って読んでいると、最後に来て大きな肩透かしをくらう。僕自身もこのエンディングの投げっぱなし感は認めない。長い文章を読ませたオチはきちんとつけるべきだったと思う。実に残念。

- 作者: 歌野晶午
- 出版社/メーカー: 角川書店
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