自己肯定を歌うYUKI―『megaphonic』

YUKIは肯定する。彼女自身を。彼女の隣りにいる人を。そして、彼女の歌を聴く僕らを。

80年代に松任谷由実は「彼にこんな風に思われたい」という願望を歌い、90年代にドリカムは「これが私!」という自己表現を歌った。いま、YUKIは「私たちはこれでいい」という肯定を歌う。新作アルバムの『megaphonic』でも、彼女は自分の周りの小宇宙を肯定する。それは自分自身かもしれない。家族かもしれない。あるいは家族でない誰かかもしれない。

火傷したいわ
赤い糸手繰り寄せて
辿り着いた先が君じゃなかったとしても
(・・・)
2人を写す記念写真は残らなくってもいい
今の君がいい
(『ひみつ』YUKI)

凄い歌詞だ。叶えたい願望もない。相手に分かって欲しいという欲求もない。是非を自問する葛藤もない。あるは、そういった諸々のものは超克されているのかもしれない。あるのは、無条件の肯定だけ。弁解も、自己正当化も、主張もいらないと言わんばかりの。

全13曲の中ではこの『ひみつ』や『2人のストーリー』が強く印象に残る。特に、同棲中のカップルを男性の視点から歌った『2人のストーリー』の歌詞に、彼女の才能を改めて思い知らされた。

角の犬に吠えられて 銭湯の湯は熱すぎて家
浮気をしては仲直り そしてそれは酷い間違いだった
暮し始めたら 何かが変わるような気がした
君の古着のスカートをたくし上げたら
(『2人のストーリー』YUKI)

GRAPEVINE田中和将の詞かと思うくらいの渋さ。この曲はPVがまたいい。男装したYUKIと女装した加瀬亮のふたりが古いDATSUNで誰もいない一本道を走っていくという。モノクロのロードムービーを見ているよう。かわいいYUKIではなく、たまには凛々しいYUKIを眺めるのもよい。ということで、買うならDVD付の初回限定版の方をお薦め。

前作『うれしくって抱き合うよ』は本当に歴史的名盤で(インプレは孤独について〜『うれしくって抱きあうよ』 - Sharpのアンシャープ日記)、それと比べると本作は統一感という点でそれには及ばない、だが、どの曲も才能の表出としかいいようのない詩的な歌詞が並び、楽曲的にも良質なポップばかりが散りばめられた佳作だと思う。ライブ行きたいな。

megaphonic(初回生産限定盤)

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