『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 』(大木毅)

賢者は歴史から学び 愚者は経験から学ぶ
(オットー・ビスマルク

第二次世界大戦のドイツの軍事行動については、ヒトラー第三帝国の滅亡に関する情報が世に溢れているにもかかわらず、大半が西部戦線やノルマンディー上陸作戦に集中している。

そう、独ソ戦は、ある種の型にはまった語られ方をしてきたのみだった。

ドイツ側からは「ヒトラーの無謀な戦略」への矮小化。

ソ連側からは「共産主義の不屈の勝利」への美化。

だが、1991年のソ連崩壊以降、封じられていた資料が世に出てきて、そのような歴史修正主義史観を覆すような見方ができるようになってきた。

ここ30年間で変わってきた「独ソ戦」の見方をアップデートしてくれるのが本書である。

戦局を大掴みで見れば、序盤のバルバロッサ作戦から、天王山のスターリングラード攻防戦、そして終局のドイツ軍の退却となるのだが、それぞれの局面で両国の政治家のトップと軍事のトップが何を重視し、どのような作戦を選んで、その結果どうなったのかが地図付きで説明される。

加えて、そのような軍事的な観点に止まらず、当初は「利益」を求めて始まったはずの戦争が、「イデオロギー」の正当性を掲げるにつれて、双方にとって引くに引けない「世界観戦争」にエスカレートしたという政治的な観点についても、明確に論じられている。


21世紀の我々が目にする創作作品も「正義を英米の連合軍がナチス=ドイツの野望を最終的に打ち砕いた」的な歴史観というかプロパガンダに貫かれているものが多いが、まさにそのような「世界観」こそが争われたイデオロギー戦争であったと言っても良い。

そして、現代になってあちこちで喧伝される主張もまさに、「食うか食われるか」の世界観戦争を煽るようなものであることに改めて気付かされる。

「賢者は歴史から学び 愚者は経験から学ぶ」と言ったのはビスマルクであったが、80年前の凄惨な戦争から学ぶ機会を逸するのはあまりにももったいない。

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)