原作に忠実だが完全な別物〜『ノルウェイの森』

まずお断りしておくが僕は村上春樹の作品が好きだ。「信者」と言われても否定しない。そして『ノルウェイの森』は何回も、いや何十回も読んでいる。あちこちで他人に勧めまくっている神作品だ。

そんな僕にとって『ノルウェイの森』の実写化は複雑な思いだ。あの作品世界を映像で見ることができるという喜びと、下手に作られないだろうかという不安と。

トラン・アン・ユンがこの作品の映画化を発表してから2年4ヶ月。封切られた『ノルウェイの森』を観にいった。以下ネタバレ。

映画|ノルウェイの森

これがトラン・アン・ユンの『ノルウェイの森』の解釈なのか。全体的にとても湿っている。そして寒々しい。湿度は高く温度は低い。肝心なときには、決まって雨か雪が降っている。これはこれでアリだとは思うが、僕の解釈とはずいぶん違った。登場人物ごとに寸評。

まずワタナベ。松山ケンイチはなかなかはまっていたと思う。できれば、表面と内面のギャップを感じられたらもっと良かった。この作品でワタナベの感情が噴出するのは、直子が死んだところではなく、最後に緑に電話するところなはずだ。エンディングでは、自分を見失いそうな混沌の中で、緑に必死にSOSを送るような感じが欲しかった。

次に直子。菊地凛子は、キャスティングを知った時点で、年齢やキャラの点でかなりのハンデがあると思った。どう見ても違うだろうと。直子というのは、一番深遠な内面狂気を抱えているのに、この役者は最表面から表出するタイプだからだ。実際に演技を見ると確かに圧倒される。特に早朝にワタナベと草原を歩く場面の長回しには感服。これはこれで直子だ。メンヘラーの直子だ。ボーダーを彷徨った結果、死に引かれてしまった直子だ。僕の解釈とも好みとも違うが、これはこれでアリだという気がするし、それを演じきった彼女はプロフェッショナルであると認めざるを得ない。

そして緑。女優経験ゼロの水原希子というキャスティングは無謀とも思えたが、スクリーンでの存在感はなかなか。だが、原作の緑の持つ「明るさ」「たくましさ」が見られなかったのは残念。彼女は本質的に生命力の象徴であるはずなのだが、湿り気を帯びた視線と、粘りっこい台詞回しのおかげで、なんだか単なるワガママな女の子に見えてしまいそうだった。

以上がメインキャストだが、ほかの登場人物にも一言。

キズキ。登場時間はわずかだが、この作品の世界観にとって重要な存在。高良健吾がそつなく演じていた。自動車の中で自殺する場面の描き方が妙に丁寧だったのは謎。

永沢さん。玉山鉄二はどこから見ても、強くてそれでいて空虚な永沢さんそのもの。個人的にはちょっとオシャレ過ぎる感じがしなくもなかったが。

レイコさん。霧島れいかは女性として色気があり過ぎ。もうちょっとサバサバしていて、ユーモアがある演出の方がよかったと思う。あの冗談は彼女にとっての「鎧」なのだから。ワタナベにとっては、直子という存在を共有し、その後喪失するという仲。ワタナベが最終的に緑に向かう前に、レイコを抱く場面は、本来は弔いの儀式であるはず。直子の服を着て、ギターを弾いて、『ノルウェイの森』を歌って、あと何をする必要があるのか、という場面だ。それが単なる「濡れ場」扱いになっていて残念。監督の中で消化不良だったのかもしれない。

ハツミさん。初音映莉子はいい芝居するなあ、と改めて思った。永沢さんを思う一途さと脆さが滲み出ていた。名門女子大生っていう雰囲気もあった。

突撃隊。柄本時生は昭和を舞台とする作品で俄然輝く。本来、2時間半の映画ではカットされてもいい人物だが、原作を知る人にとってはクスリとさせられる存在。映画に余分なエピソードを盛り込まなかったのも正解。

レコード店店長の細野晴臣、阿美寮門番の高橋幸宏はネタとして面白い。でも、そこまでやるなら、やっぱり教授は教授にやって欲しかった。糸井重里坂本龍一の代打なのかなあと。

時代考証はしっかりしていたと思う。服装や家具はもちろんだが、早稲田大学の学生運動なども妙にリアリティがあった(実際には僕も知らないけど)。激しい学生運動の中でノンポリを貫くワタナベの存在が浮いているというのが映画ではくっきりと描かれていた。

最後に音楽。全体に良かった。サントラを買いたくなるレベル。特に直子を喪失したワタナベが海辺で慟哭する場面で使われた弦楽の不協和音が印象的だった。

全体を通じて、映画としてアリかナシかと言ったら、アリ。そして原作に忠実かどうかと言ったら忠実。だが、これは原作とは違う別の何かだ。好きか嫌いかと言ったら、分からないと答えるしかない。