フーコー的権力への反抗〜『ハーモニー』

虐殺器官』の伊藤計劃の遺作となった『ハーモニー』(2009年ベストSF国内篇第1位)を読んだ。

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

伊藤計劃は作中で人物にこう語らせる。

「権力が掌握しているのは、いまや生きることそのもの。そして生きることが引き起こすその展開全部。死っていうのはその権力の限界で、そんな権力から逃れることができる瞬間。死は存在のもっとも秘密の点。プライベートな点」
「誰かの言葉、それ」
ミシェル・フーコー

権力は生を管理する。それはなんのために。国家のため? まあ、それもある。でももっと根本的には人類という種族のために。権力に管理された健康を生きることは、自分の「生」と言えるのか。いつか権力によって淘汰されるかもしれないというのに。それならば、権力に抗って死を選ぶことを誰が否定できよう―

末期癌の病床で治療を受けながらこの作品を書いた伊藤は、自分の「生」をどのように意味付けたいと思っていたのだろうか。そんなことを想像すると胸が締め付けられる思いもする。

だが、きっと、彼の生きた意味は『虐殺器官』や『ハーモニー』を世に残したことにある。とすると、僕はいったい世に何を残せるのだろうか。この「生」の意味は何だろうか。