発芽する種子〜『Here』全曲インプレ

 ここに蒔かれているのは12粒の種子だ。やがて芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶ種子だ。そして12粒の粒揃いの種子は、まさに"Here"(ここ)で芽を開かせようとしている。

Here

Here

 後に『Circulator』や『イデアの水槽』や『Everyman, everywhere』などを世に送り出すGRAPEVINEの音楽的才能のエッセンスをここに見ることができる。
まだ種子は小さく、芽の色も形も確かではない。だが、力強く、しっかしとした意思を持って、音楽の世界に向けて伸びようとしている。表現したいという欲求で、はるか遠い空に向かっている。
つらい日常生活の中で、苦しい現実と向かい合って挫折しそうになるとき、GRAPEVINEのこのアルバムを聴くと、自分ももう一度立ってみようという気になってくる。こんなに前向きになれるVINEのアルバムも珍しいような気がする。ということで、全曲インプレ。

1.想うということ
 君が何かを想うこと。僕が君のことを想うこと。そして、君が誰かのことを想うこと。人の想いはさまざまに交錯し、ときにすれ違ってしまう。そうした状況を、ゆるいミディアムテンポに乗せて淡々と歌い上げる佳曲。

2.Reverb
一転して胸が焦がれるように切ないロック。「君を失うよりも いっそ目を閉ざして」なんて、真夜中にベッドの中に潜って、目も耳も塞いで、現実から逃れてしまいたい。

3.ナポリを見て死ね
 sus4とメジャーを往復するイントロ・Aメロ。この始まりは『ナツノヒカリ』まであと一歩のところまで来ている。「近いうちにナポリを見て死のう」というフレーズの中で「ナポリを見て」という部分にあまり重きが置かれていないように感じる。これもうねるようにゆったりとしたリズムのR&B。

4.空の向こうから
 「生まれてく想いが 届きますよう」というサビに向かってじわりと盛り上がっていく、VINE流ミディアムポップスの王道。『放浪フリーク』に連なる系譜の上に存在すると想う。ふとしたときに、気持ち良く口ずさんでしまいたくなるサビのメロディーが秀逸。

5.ダイヤグラム
 ギターの弾き語りで始まるAメロは、まるで『波音』のよう。内省的で消え入りそうで、どこまでも沈んでいく。それがBメロになるとメジャーに転調し、壮大なストリングスが加わる。名曲『Everyman, everywhere』を生み出す土壌に蒔かれた種子と言っていいだろう。いや、これはこれで素晴らしい曲だと思うけれど。終盤のシャウトで泣きそうになる。「まだ見ぬ場所は 見つかったかい」見付かっていないよ。でも、見つけたい。見つけたいと願いつづけるよ。あきらめないで。

6.Scare
 アップテンポでパワフルなロックンロール。しゃくりあげるような田中の歌唱法は、明らかに初期のVINEにはなかったもの。ここではヴォーカルが曲に追いついているとはいえないが、新しい領域に踏み出そうという意気込みは強く、大いに評価できる。
 このステップがなければ、後年の『Suffer the Child』や『ミスフライハイ』もなかったはずだ。自分達のスタイルを小さくまとめ上げるのではなく、どんどん開拓しているこの時期のVINEを象徴するような曲。

7.ポートレート
 全体のテイストは中期ビートルズで、『I found the girl』で見せたようなコーラスワークやリンゴ・スター風のドラムスを聴くことができる。サビのホンキートンクのピアノストロークに、ポール・マッカートニー流のアレンジも感じられる。
 だが、この曲の聴き所は別のところにもある。イントロのオルガンの不協和音は、今となっては『豚の皿』のプロトタイプではないかと思えてくる。ほかにもあちこちに後の作品の重要なエッセンスとなるようなフレーズやコードやアレンジが散りばめられているのが、この曲、このアルバムの魅力だと思う。

8.コーヒー付
 カフェで流れるBGMのボサノヴァのように軽い小品。ただ、ここで田中はファルセットで歌うことに挑戦している。これが『11%MISTAKE』で実を結んだと考えると、重要な布石になった一曲だと言える。わずか1分半の曲だけれど、表現の幅を広げようとしている意欲にあふれている。

9.リトル・ガール・トリートメント
 OasisとかBlurにも通じるようなブリティッシュ・ロック色の色濃く表れたナンバー。ギターバンドとしての実力の高さを確かにここに聴くことができる。

10.羽根
 『光について』や『スロウ』に続くVINEの王道にある曲。全体を通してギターの音色が哀愁を湛えているのだけれど、エンディングで寂しげにかき鳴らされるところが、切ない余韻を残す。

11.here
 大団円に向けて否応なく盛り上がっていくバラード。「君や家族を そばにいる彼らを この街も あの夏も 全てはこの胸に抱かれていて」という肯定的な姿勢が胸を打つ。リズムなどは『13/0.9』との類似を感じてしまうが、歌詞の雰囲気は正反対といってもいい。VINEには珍しく、幸福感・達成感に満たされてエンディングを迎える。

12.南行き
 前曲のフェードアウト後、約10秒の無音を挟んで隠しトラックのように始まる。このサプライズはアルバム『イデアの水槽』の中で、『公園まで』のあとに『鳩』を持ってきたパターンの原型だと言える。ただ、『南行き』の方はパンクではなくアメリカン・ロックなので、聴いたときにぎょっとする度合いは小さい。サビの部分で女声コーラスが激しく絡んでくるのもここでの新しい試みだろう。このアレンジは、後の『11%MISTAKE』あたりで使われているようだ(もっともあっちは男声のファルセットだけれども)。
 「だまされるのは世の中 試されるあなたがた どう聴こえてんの? まあそんなもんでしょう」という人を食ったような歌詞が印象的。こんな風に力を抜いて生きていけたらいいと思う。「逃されるのは慣れなきゃ お金もちょっとは貯めなきゃ そう思ってんだが まあどうでもいい」なんて、この歌詞のように楽天的にその日暮らしで生きてみたい。

だが、GRAPEVINEというバンドは、決して能天気な気質を持っているわけではない。むしろその対極にあるとさえ言えるだろう。しかし、さまざまな感情や思いを、さまざまな曲に乗せて表現することのできるバンドだ。このアルバムでも全く異なる12の種子を蒔いている。

「花を咲かせるために何をするべきか」このアルバムは、そんなことを考えさせ、そして勇気付け、奮い立たせてくれる作品だ。今聴くと、それが、分かる。