"Rock"と"Pop"の境界〜『Circulator』全曲インプレ

僕はRockとPopの定義を理解していないし、どこに両者の境界があるかも知らない。両者の違いを精神性に求める意見もあるし、表現手法によるという人もいるし、本質的な違いはないという声も聞こえて来る。
一般的にはGRAPEVINEのイメージはロックバンドだが、このアルバムはずいぶんとポップだ。聴きやすいし、何よりも名曲揃いだと思う。このうちの何曲かがヒットチャートの上位に入っていたとしても何の違和感もない。一方で、VINE特有の重さを湛えた曲も含まれている。

Circulator(サーキュレーター)

Circulator(サーキュレーター)

このアルバムを何度聴いても、RockとPopの間のどこに境界線があるのかという答は見付からない。逆に「そんな二分法自体、何の意味もないよ」というこのバンドの主張が聞こえてくるようだ。
それでも、「CirculatorはRockかPopか?」 などということを考えながら、このアルバムを聴くのはなかなか楽しい時間だ。そんなわけで全曲インプレ。

1.Buster Bluster
 序曲。ギターのリフを中心に据えた浮遊感のあるサウンド。キラキラと輝くようにちりばめられた音の洪水は、このアルバムのにぎやかで楽しい雰囲気を暗示するかのよう。VINEには珍しい、ほとんどインストゥルメンタルといってもいい曲。だが、VINEお得意の6/8拍子。中間部のパーカッションのグルーブ感がいい感じ。

2.壁の星
 これまた珍しく、ピコピコとした反復音のイントロで始まるバラード。静かに始まるが、チェロやピアノも入ってきて、次第に壮大な雰囲気を醸し出す。「明日の行方を観るのも嫌気がさして」とか「いつまで経ってもいいたい事などない」など厭世感あふれる詞に、じわっと共感している自分に気付く。

3.discord
 「不協和音」というタイトルだが、曲はストレートなロックで、サビもシンプルで覚えやすい。このある種の「裏切り」自体が、まさに"discord"なんだろうか。VINEらしい焦燥感と疾走感がストレートに表出された佳曲。「胸を張って言える事はない」「腕伸ばして届くはずもない」という歌詞にも、「やられた」と思う。

4.風待ち
 超名曲。某コンビニの店内でBGMとして流されていたのを聴いたことがあるくらいで、VINEを代表するヒット曲の一つでもある。スローなテンポと、優しいタッチのギター、心のひだにそっと染み込んでくるような歌詞。これを聴いて癒されている自分は、やっぱり疲れているんだろうなと思う。いつの間にこんなに…

5.lamb
 抽象的で観念的なフレーズの羅列もVINEの得意技の一つ。ややハードなサウンドとも合わせて、とても硬質で内省的な世界を見せてくれるチューン。「神の視線 かの叙情性」って、これはもう文学的とかいう次元ではなく、文学理論の領域だと思う。「文学」ではなく、「メタ文学」。世のうたかたを超然と眺めている田中の視点の高さを感じる。…とか書くと何だか難解なようだが、ライブ映えするという意外な特徴をもった忘れ難い曲。

6.Our Song
 2曲目の「壁の星」から「discord」「風待ち」「lamb」ときてこの「Our Song」まで、実はベストアルバムではないか、というくらい怒涛の勢いで名曲が続く。「立ち止まった人並みの中 ふいに気付かされた 「君を泣かしてたのは ぼくだったりして」って」
一人でいること、二人でいること、冷たさ、優しさ…そんなことを考えさせられる。春の兆しがかすかに感じられる冬の後半にぴったりな傑作。好きだ。

7.(All the young)Yellow
 なかなかドアーズっぽい。特に中間部の各パートのソロ。全体的に歌詞も断片的で、しかも日本語と英語のミックス。田中のしゃくり上げるような歌い方もなかなか攻撃的。「どういうの」が「Do you know ?」に聞こえたり、遊び心と反骨精神もミックスされているよう。

8.フィギュア
 不穏なコードで始まるイントロと謎めいた歌詞。狂気を帯びているようでもあり、孤独に浸っているようでもあり。終わって欲しい悪夢のような状況を見事に詞と曲にしたVINEらしい曲。ちょっと怖い。

9.ふれていたい
 「ふれてイエーいよう! 全ては大成功!」という歌詞が一部で「馬鹿っぽい」と物議をかもした話題作。が、じっくり聴いてみると、このサビは覚えやすくて、シンプルで、そして力強い。超前向きな詞と合わせて、VINEのレパートリーの中でも有数のポジティブソングになっていると思う。個人的には、間奏明けで全部の楽器が休止する中で「ふれてー」とボーカルにスポットライトが当たる瞬間が大好き。

10.アルカイック
 これはブルースということになるのかな。どことなく郷愁を感じさせる。「理由は尽きるさ 君がいれば」のサビの部分が意表を突いて、あまり盛り上がらない。むしろドラマティックになるだろうと期待する聴き手を、あえて裏切るかのよう。サビのマイナーコードを何度も繰り返してフェイドアウト。ちょっと落ちていくような感覚。「君にいてもらいたい」と叫んでいるよう。

11.波音
 引き続きローなテンションのまま、この曲へ。ゆったりとしたテンポのリズムに身を委ねて、深いエコーの彼方から聞こえてくるヴォーカルに耳を澄ますと、心の内へとトリップしていく…。メジャー(長調)とマイナー(短調)を交互に替える音のうねりに乗せて「いくつ・・・いくつ・・・」というつぶやきが、まるでうわごとのように繰り返されて、いつしか眠りの中に沈んでいく。

12.B.D.S
 そして昼になり、高速道路(ハイウェイ)を疾走中。ブレーキはかけずに、ひたすら前へ、前へと進む。ここでブレーキを踏んでしまったら、また後戻りで、全部台無しになってしまうとでも言いたいかのように。"B.D.S."はきっと何かの頭文字<イニシャル>で、Bは"Break(ブレーキ)"、Dは"Down(ダウン)、では" S"は? Sが何かは判らないのだけれど、きっとその"S"が示すものが重要な意味を持つのだろう。ややヤケクソ気味な疾走を上手く表現したロックンロール。2分近く続く長いエンディングも、なかなか聴き甲斐があって、時間の長さを感じさせない。

13.I found the girl
 イントロのコーラスからして、ビートルズ色全開。むしろ「ビートルズ・パスティシュ」と呼ぶべき。一種の「お遊び」として聴く側も楽しむべき一曲なんだと思う。間奏のバロック風のピアノソロが流れたところで思わずニヤリ(もちろん The Beatlesの"In My Life"へのオマージュとして聴くのが正しい姿勢なんだろう)。「なぜこんな曲をVINEが?」という疑問を脇に置けば、彼らの表現の引き出しの多いことを再発見できる楽しい最終曲。

思えば、ビートルズというバンドも、"Rock"と"Pop"の両方に大きくまたがった存在だった。クラシックの楽器を導入したり、録音したテープを逆回転・高速回転・切り貼りしたりと、幅広い表現を意欲的に開拓していった結果、そうなったのだと思う。
「Circulator」でのVINEも、喜怒哀楽に代表されるような人間の様々な感情や思いを、広いスタイルで表現している。"Rock"でも"Pop"でもどちらでもいい。結局、「ひとのおもい」というものを歌っている。それだけだ。だからこそ、僕はGRAPEVINEが好きなんだと思う。