青春時代なんて早く終わってしまえ〜『退屈の花』全曲インプレ

「夢と希望に満ちた日々」なんて嘘だ。「青春が美しい」なんて虚構だ。現実には、自信もなく、支持もなく、闇の中を手探りで彷徨う不安と戦う時間が長く続くだけだ。進むべきか、戻るべきかも分からない。誰に助けを求めればいいのかも分からない。このまま生きていけばいいのか、それさえも確信が持てない。

GRAPEVINEのファーストアルバム『退屈の花』は、そんな青春の不安を、強がることなく曝け出した作品だ。ここには「ロックは若さの爆発だ」とか「向こう見ずは若者の特権だ」などという乱暴な姿勢はみじんも見られない。ひたすら自分の小ささ、弱さ、無力さを見つめて、それを否定したいような、さりとて完全否定することもできないような宙ぶらりんの状態で悩んでいて、結果的に焦るばかりだ。

退屈の花

退屈の花

一曲目の「鳥」で、「もう飛べないよね」とか「みっともないよね」とか「買い被らせて悪かったね」と田中が歌うのを聴くと、僕は苦しくて胸をかきむしっていた自分の青春時代を苦々しく思い出す。こんな時代は早く終わってしまえばいいのにと願っていたあの日々を。

あの頃の自分が、いまどのくらい成長したのか分からない。『退屈の花』を聴くのが、少し苦しいのは、自分自身がほとんど成長していないことを思い知らされる気がするからなのかもしれない。そんなわけで、少々つらい作業だけれども、全曲インプレ。

1.鳥
デビューアルバムの冒頭を「もう飛べないよね」というネガティブな言葉で始めるバンドがかつてあっただろうか。そう、これはGRAPEVINEの個性であり、GRAPEVINEの原点は「絶望」なのだ。絶望から始める新人バンドというのは、なんだか凄い。だが、絶望からスタートするのは、決して悪いことではない。なぜなら、希望からのスタートは、時間が経つほどに落ちていく一方だけれども、絶望からのスタートは、それ以上に落ちることがないからだ。

2.君を待つ間
「ああ 経験不足だった 恥ずべき僕たちは 禁断の味わいに溺れた」
ほのかなエロティシズム。そして、秘めた欲望。
「こんなになって 待ってるのに」
君を想って、いつまでだって君を待つつもりなのに、なかなか君は来ない。

3.永遠の隙間
そう、君と僕の間には隙間があるけれども、それを愛で埋めようとしたら埋まるかもしれないと信じている。でも、もしかしたらその努力は実を結ばないかもしれない。その隙間は、永遠に埋まらないのかもしれない。人生は、結局のところ、一人きりだから。ギター、オルガン、ストリングスがサイケデリックに絡み合って、頭の中がぐるぐると回ってくる。

4.遠くの君へ
「全て分かってたくて ただ眠れなくて」「この身を削ったって 絡まるのは 分かってたんだろ」「見つからない答 探して」
考えても答なんかでないのに考えてしまう。君と近付きたいのに、いやになるほど君は遠くにいる。曲調は、割りとストレートなロック。

5.6/8
VINEの一つの定番になっている6/8拍子のスローロックの原型とも言える曲。感想が、The Beatlesの"Lucy in the Sky with Diamond"。渋い。

6.カーブ
一転して疾走感のあるナンバー。車に乗って、大音量で音楽をかけて、カーブに差し掛かる。自分はどこに行きたいのだろう。目的地に着くことを望んでいるのか、それとも事故を起こすことを望んでいるのか。
そういえば、VINEの曲の中には、車に関係したものが意外に多い。この曲以外だと「ドリフト160(改)」とか「Metamorphose」とか「GoodBye My World」など。どの曲も好きなのは、自分が車に乗るからかもしれない。

7.涙と身体
この曲は素晴し過ぎて、語るべき言葉が見つからない。
「触れたことはなかった いずれ触れるのも分かってた 崩れるのは目に見えてたけれど」
量子力学不確定性原理デカルト二元論など色々なことが連想され、つまるところ自分は何なんだろうという根源的な問いに直面させられる。
楽曲的には「Everyman, everywhere」に通じる普遍性を獲得していて、「初期GRAPEVINE」などという枠に収まり切れない。

8.そら
デビューシングルだが、すごく老成している印象。
「またいつか再会してしまうとき 年をとって分かってきたこと 語り合って」
そう、きっと分かり合えるのは、若いときよりも、年をとったときの方だろう。

9.I&More
女性の視点から身勝手な男性を描いたちょっとコミカルなナンバー。
「いくら求めてもいいけど 私のことあてにしないで欲しいのよ 分かるでしょう?」
男性の視点から見ると、こういう女性はとてもかわいいと思う。

10.愁眠
「忘れられるものなど何もない どこかで君が どこかで君が 見つめてるように 見下してるように いつまでも鳴り響いていた」
切なく、胸焦がれるバラード。ファイドアウトの後に隠しトラックあり。

 青春は切なく、胸焦がれる。苦しくて、早く終わってしまえと思う。しかし、青春時代をとうに終えた今、僕が気付いたことは、苦しいのは何も青春時代ばかりではないということだ。最後の隠しトラックで、田中は呪文のように口にする―「決して許されない」と。そうだとすれば、僕はいつまで悩み、胸を焦がし、眠れぬ夜を過ごせばいいのだろう。遠くの君だけが、いまは心の支えなんだろう。でも、いやになるほど君は遠いよ。ねえ、君?