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芥川賞受賞―又吉直樹『火花』

必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危機を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑めるものだけが漫才師になれるのだ。
又吉直樹『火花』)

ここで「漫才師」は、「プロ」と言い換えてもいいかもしれない―

又吉直樹の『火花』は、漫才師を主人公とした小説である。これが自伝的なものかどうか僕には分からない。たぶん違うだろう。

この作品は、漫才師を主人公に据えることによって、細部におけるリアリティを獲得している。だが個人的には、主人公の抱える内面は漫才師に限定されない、より普遍的なものであると思う。それは、アイデンティティの問題と言い換えることもできるだろう。

自分が何者であるか、自分はどう生きるべきなのか―そんな内面を抱える青年の静かな苦悩がこの作品を貫いている。主人公が師匠と仰ぐ芸人との出逢い、彼の破天荒なキャラクター、彼を支える女性の存在、その女性に対する仄かな憧れなど…誰でも多かれ少なかれ思い当たるものがあるはず。そして、そういうことを想うとき、僕らの胸はずきずきと痛む。

こうした心の中を掬い取ることが文学の役割であるとするならば、本書は立派にその役割を果たしていると言える。又吉の筆致はとても落ち着いていて、それでいてぐいぐいと読ませる推進力がある。内省的で思索的で、個人的にはすごく好みの作風。

本日、この作品で又吉は芥川賞を受賞した。確かにそれに値する作品だと思う。これは芥川賞にとってある種の話題作りではないかという批判もあるかもしれないが、最近の傾向は多かれ少なかれそういう面があったので、今回だけそのことを言うのはフェアではない。そして、これ、かりに又吉が書いていなかったとしても、十分に面白い。

火花

火花