毒にも薬にもなる問題作―『ヒミズ』

午前10時の吉祥寺。染谷将太二階堂ふみが第68回ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した『ヒミズ』を観に行った。

公式サイト:2012.7.3(tue)ブルーレイ&DVD発売! 映画『ヒミズ』公式サイト

中途半端なものを指して「毒にも薬にもならない」という言葉があるが、『ヒミズ』はそういったものと対極にある作品だ。毒にもなるし、薬にもなる。見る人によって。だからこの作品はきっと賛否両論だろう。いや、大方からは無視されるかもしれない問題作。だが、僕にとっては、まぎれもなく「薬」だ。

ヒミズ』のテーマは、悪であり、罪であり、愛だ。存在の不安を感じたことのない人には、この作品は心に響かないかもしれない。暴力の描写にひたすら嫌悪感を感じるだけかもしれない。だが、どうしようもない閉塞感、行き場のない衝動、それでも信じるしかないという祈り。そうしたものがこの映画には満ち溢れている。マーラーの交響曲のアダージョにも似た静かなエンディングを聞きながら、そう思った。

園子温監督は古谷実による原作を見事に昇華した。そして、東日本大震災と絶妙に結びつけた。この結合をあざといと見る向きもあるが、僕にとっては至極当然のこととして受け止められた。人がほとんど全てを失ったとき、それでも生きていかないといけないのか、何のために生きるのか―このテーマについて考えるときに、震災に触れない方が逆に不自然だと思える。

染谷将太は、絶望的な世界のただ中にありながらも希望を失わずにいることができるかギリギリのところをさまようという難しい役柄を体当たりで演じた。とんでもない才能だと思う。

また、二階堂ふみは、『指輪をはめたい』のときの天使のような演技とは全く異なり、実に強く逞しく人間くさい役を全力で演じきった。これからの日本の映画界を背負って立つ存在になることを確信させられた。

この他にも多くの名俳優が脇を固めているが、この作品のどうしようもない世界のリアリティを増していたのは、窪塚洋介村上淳の二人。短い時間ではあるが鮮烈な印象を残す。

ちなみに、吉祥寺の映画館の定員は100人だったが、観客は全部で7人。商業的な成功とも日本アカデミー賞的な評価からも縁遠い所にある作品であることは間違いないが、自分にとっては2012年の代表作として刻まれる作品になった。