和製ヘンリー登場―『謎解きはディナーのあとで』

2011年本屋対象受賞作の『謎解きはディナーのあとで』を読んだ。主人公は、財閥令嬢にして警視庁国立署捜査一課刑事・宝生麗子。彼女の運転手兼執事のを勤める影山が、安楽椅子探偵の才能を発揮して、殺人事件の真相を解いてしまうという内容。

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

「失礼ながら、お嬢様の目は節穴でございますか?」という台詞に代表されるようなドSで切れ者の執事という設定は、ある種のライト層のニーズを確実に把握している。マーケティングの勝利。この台詞がCV小野大輔で再生されてしまう俺は、きっと『黒執事』の見すぎ。しかも、「あくまで執事ですから」という台詞のおまけ付で。

おっと脱線。だが、この設定には大いに既読感がある。アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』だ。レストランに毎月集う7人の「ブラック・ウィドワーズ」 。メンバーは、弁護士、暗号専門家、化学者、画家、作家、数学教師、そして給仕のヘンリー。毎月のゲストが話す「謎の事件」を解決するのは、いつもヘンリー。現場を見ずに誰にも解決できない難事件の真相を見抜いてしまう。語り口も似ている。一食事を終えるころにヘンリーが控えめに推理を始めるところなんかもまさに「謎解きはディナーのあとに」だな。いや「謎解きはデザートの前に」だったかな。どっちでもいいや。ということで、影山は和製ヘンリー。短編小品集というところも同じだ。違いがあるとすれば、ヘンリーの方が語りに品があることと、『黒後家蜘蛛の会』の事件の方が血なまぐささが少ないことくらいか。

全体的に『黒後家蜘蛛の会』をライトノベル風にしたらこうなるかという内容。だが本家を超えるようなオリジナリティは少なめ。上司の風祭警部も「いつも間違った推理をする噛ませ犬ポジション」という類型的キャラクターの域を出ていないし。不満を言えば、主人公が財閥のお嬢様という属性を持っていながら、キャラクターの会話程度にしか使っていないのが勿体ない。どうせなら、ありあまる財力をド派手に使いまくって事件を解決するみたいな見せ場があってもよかった。それはそれで筒井康隆の『富豪刑事』のパクリと言われそうだけど。

しかし、この作品が大賞になってしまう「本屋大賞」って何なんだろうと改めて思った。書店員が好きな本ってこういう本なんだろうか。確かにラノベ風の文章はすらすらと頭に入ってくるし、パズル的な謎解きも暇つぶし程度にはなる。1,500円という値段も値頃で、活字離れを止めるには悪くない商品だ。そう、作品」というよりもよくマーケティングされた「商品」のように感じてしまうのだ。実際の作品成立はそんなもんじゃないのだろうが、「こういう本がある程度のボリュームで売れてほしい」的な書店側のプロダクトアウト的な台所事情が透けて見えてきてしまって、ちょっと嫌な感じもする。電通ゴリ押し、みたいな。本屋大賞も、とことん商業主義に毒されてきたなと。

ということで、個人的には良かったのは中村祐介の表紙くらいかな。内容とは関係ないけど。この表紙もマーケティング的といえばそうだな。

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)