僕の作品は誰に何を残すのか〜『時をかける少女』(2010年映画)

谷口正晃監督の『時をかける少女』を観た。『時かけ』の劇場版映画としては3作品目。以下軽くネタバレ。

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素晴らしい映画。冒頭からいきなり泣く。なぜか自分でも分からない。手元にハンカチがないので、シャツの袖口で涙をぬぐっていた。安田成美の演じる芳山和子が白衣姿で登場し、娘の芳山あかり役の仲里依紗が女子高生の制服姿でスクリーン狭しと駆け抜ける。そこに松任谷由実の名曲「時をかける少女」が流れる。もうそれだけで涙。

仲里依紗が大学合格を報告する場面で、上の階のベランダにいる母親に向かって、ガニマタで絶叫。すごくリアル。すごく等身大。これぞ21世紀。さすが仲里依紗。そして、その後に1970年代にタイムリープと相成るのだが、タイムトラベルした先で出会った涼太こと中尾明慶が会心のキャスティング。服装や髪型がまさにその時代のものなのだが、8mmフィルムでSF特撮映画を撮っている大学生という設定に妙にはまっている。

母親に託された約束を果たしに過去にタイムリープしたあかりは、遡るべき日付を間違えたために、思うように事態をコントロールできない。だが、やがて運命の大きな歯車が彼女のそばで動き始める。ついに「深町君」(石丸幹二)と出会うことで彼女のタイムトラベルは無事に終息を迎えることになると思われたが…。

今回も深町君は美しくて優しくて、そして残酷だ。これは仕方のないこと。過去を変えることはできない。それがタイムリープを行う未来人の掟。その掟を守らなければ、因果律が乱れ、この世界が崩壊してしまうから。それは分かっていることだけれども、でも、記憶を消しても、人が人を思う気持ちまで消さなければならないのか−

涼太の撮った映画のフィルム。それは彼が生きた証である。そして、彼女を愛した証でもある。いつか彼が消え、彼女の中での彼の記憶が消えたとしても、彼女を愛したという想いは失われることはない。それはたとえフィルムという形がなくても、またその撮影に関す記憶がなくても、確かに存在したものとして彼女の心を動かすだろう。君に対する想いを込めた僕の作品が、君の心に届いて欲しい。君だけでいいから、君の心に残ってほしい−このあたり、映画監督としての谷口正晃の想いが強く込められているように感じた。

そして思った。僕もこんな風に、自分の想いを伝えられるようなものを作れるだろうか、と。

監督の谷口正晃は、旧作やアニメ版のファンを期待に十分応えるよい仕事をした。が、主演の仲里依紗の素晴らしい演技があってこそ、これほどの傑作になったと思う。そして、芳山和子=原田知世という強烈なイメージの固まっている中、安田成美はよくチャレンジしたいと思う。自然体ながらも凛とした雰囲気で、これはこれでアリだと思えた。また学生時代の和子を演じた石橋杏奈はもっと難しい役どころだったと思うが、安田成美との同一性という観点では違和感ない品格のある演技だったと思う。原田知世の映画しか知らない人を含めて、いろいろな人に薦めたい作品。