春の速さ


(春が来るとも見えないな)
(いや、来るときは一どに来る
春の速さはまたべつだ)
(春の速さはをかしいぜ)
(文学亜流にわかるまい、
ぜんたい春というふものは
気象因子の系列だぜ
はじめははんの紐を出し
しまひに八重の桜をおとす
それが地点を通過すれば
速さがそこにできるだらう)
(さういふことを云ってたら
論文なんかぐにゃぐにゃだらう)
(論文なんかぱりぱりさ)


(『春と修羅 第三集』より「一〇〇三 実験室小景」宮沢賢治

新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)

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