iPodで逆ナン?!

仕事から帰る電車の中で、iPodのダイヤルをクルクル回していると、隣に座っている女性が珍しそうに「それはなんですか?」と話しかけてきた。明るい色のジャケットを颯爽と着こなす活動的な雰囲気の人だ。

まさかiPodを知らないということもないだろうと訝しく思いながらも「音楽が聴けるんですよ、こうしてダイヤルを回して曲を選ぶんです」とか「パソコンにCDを入れてその音楽をここにコピーするんです」などと説明する。

すると「では曲はどんどん追加できるんですか?」と聞いてくるので、僕もおもむろにイヤホンを外して、新しいCDを買ったらその都度移せるとか、パソコンで曲を買うこともできるとか、何万曲も入るとか、初心者に解説するように丁寧に説明する。僕自身がiPod初心者なのに。

彼女は「もう最近の機械には付いていけない」と嘆き、今年の夏は沖縄でのんびり過ごした、などとこちらが尋ねてもいないような仕事や家族や年齢など身の上話を始める。僕は彼女の心を和らげようと、努めて爽やかな表情を作って相槌を打つ。

そのうちに、いつも降りる駅に電車が近づく。「では、私はここで失礼します」と言うと、彼女は自分もここで降りるという。どうやら同じ駅の住人だということらしい。改札口を出て、彼女は自分の使っている出口への階段を登り始める。私の出口とは別なのだが、話もまだ途中だし、少し気になるので、一緒に出口に向かった。それほど早く歩いているわけではないのに、心なしか隣の彼女の息遣いが少し荒くなっているように感じる。

駅の外に出る。彼女は何の迷いもなく自分の家の方に進もうとするので、そこで僕は自分の家が反対の方向であることを説明して、別れを告げた。澄んだ瞳が綺麗だ。しゃんとした背筋がまぶしい。どうか気をつけて帰宅してください。とても83歳には見えないけど。

彼女といる間、僕はまるでハウルになった気分だった。いや、この映画は見たことないんだけどね。