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ジョセフ・クーデルカ展@東京国立近代美術館

永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐え難い責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰の思想をもっと も重い荷物 (das schwerste Gewicht)と呼んだ理由である。
もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況下では素晴らしい軽さとしてあらわれうるのである。
(『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

プラハの春」で戦車が踏みにじったものは、なんだろうか。自治?言論の自由?それとも、誰かの恋愛? いずれにしても、ニーチェの永劫回帰の世界とは異なり、僕らの生は一度きりのものである。このことを、クンデラは「存在の耐えられない軽さ」と称した。

同じチェコ出身で、「プラハの春」を契機に西側に亡命したジョセフ・クーデルカの写真展を見に行った。

公式サイト:展覧会情報ジョセフ・クーデルカ展

300点近くにも及ぶ圧巻の作品群は、7つのカテゴリにクロニカルに括られている。

まず、「1.初期作品」は、学生時代の習作を中心にした作品群。ただ、パノラマ写真など後年のスタイルの萌芽となるようなヒントが相当に含まれていて、鑑賞していて相当にインスピレーションを受ける。

続く「2.実験」は、まるでPhotoshopでトーンをいじったかのような人工的な味わいの作品群。コントラストが高くてほとんどイラストのようなものが多数。

それから、「3.劇場」は、プラハの劇場の中で上映された演劇を記録したもの。とはいっても、構図の切り出し方や、場面の選び方に相当な個性が感じられる。舞台の演目を残すというよりも、撮影者の心情を反映した情景を残している。どちらかというとポートレート写真的である。

また、「4.ジプシーズ」は、劇場を飛び出したクーデルカが、チェコ各地のジプシーの家を訪ねて、人物や家屋などを撮影した写真。テーマも明確で、中期のクーデルカを代表する仕事になっている。

次の「5.侵攻」は、文字通りの軍事侵攻を撮影したもの。ワルシャワ条約機構軍(というか実質はソ連)がプラハに侵攻した際の実情を捉えた記録的な写真群。まるで戦場のような緊迫感に満ちている。クーデルカはこの作品群でロバート・キャパ・ゴールドメダルを受賞したというのだから、あながち戦場カメラマン的な役割を果たしたと言っても過言ではない。

「6.エグザイルズ」は、「プラハの春」で西側に亡命した彼の心教を映し出したもの。何にも属してことの自由と不安が垣間見える。

最後に「7.カオス」は、パノラマ写真で風景を撮ったもの。大きな印画紙に広がるのは、まるで黙示録のように人の写っていない風景。世界が永劫回帰するのであれば、きっとこのような光景になるに違いないと思わされる。

以上、クーデルカの写真は観る者を圧倒するような「詩情」に溢れている。作品のテーマのキャプションで「客観的な記録ではなく、撮影者のビジョンを見せる」というような言葉があったがまさにその通り。

もし「何のために撮るのか」ということで悩んでいるフォトグラファーがいれば、この作品展をお勧めしたいと思う。