GRAPEVINEの『イデアの水槽』には、さまざまなタイプの曲が収められている。ハードロック、ブラックコンテンポラリー、バラード、ポップス、パンク…。
- アーティスト: GRAPEVINE,田中和将,高野勲,金戸覚
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2003/12/03
- メディア: CD
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どの楽曲も完成度が高く、表現の幅も過去の作品からすると恐ろしいくらいに拡がっていて、詞のメッセージ性もいつになく強い。でも、アルバム全体に漂う寂しさはいったい何なんだろう。リスナーの共感や解釈なんかいらないとでも言うような、この孤高でひんやりとした感じは一体どこから来るのだろう。このアルバムは、名曲揃いだがどこか散らかったかの名盤"The Beatles"(いわゆる「ホワイト・アルバム」)を思わせる。
『イデアの水槽』の「イデア」は、「現実にない、理念としての」という意味であるし、「水槽」は、M-6の"SEA"にもあるように、誰の手にも触れないためのバリアとして存在するものである。このアルバムにおけるGRAPEVINEは、俗世から離れた自分達の世界にこもろうとしているように見える。ちょうどビートルズが、ホワイトアルバムを制作していた頃、スタジオにこもり切りになってライブ活動をしなくなったのと同じように、VINEも彼らの世界に入り込んでしまったのだ。
その意味では、このアルバムのリリース後にもVINEがライブ活動を続けていることに感謝しなくてはならない。活動を止めるにはまだ早いバンドなのだから。ということで、前置きが長くなったけれども全曲インプレ。
1.豚の皿
不協和音のピアノのイントロに「不安な朝」という言葉で始まる。これだけでもうかなり不穏な曲なのだが、ハードなギターに激しいドラムが重なっていくハードロックに展開していく。重い。明示的ではないのだが、どうしても9.11の映像をイメージしてしまう。独裁者は誰か? 欲しがり合うのは誰か? 流れているのは誰の血で、僕らは世界史のどういう瞬間に立ち会っているのか? スターとストライプのフラッグ(=星条旗)の下で。
2.シスター
攻撃的なカッティングギターにしゃくり上げるボーカル。暴れだしそうなベースとぐるぐる回るキーボード。歌詞の大半は意味不明だが、パンクな怒りを感じる。灰色に燃えて、真白に飛ばされて、世界の終りが来て、光を失って… それでも残る自分は何なんだろう? 脳ミソを空っぽにして踊るしかないのか。
3.ぼくらなら
寒さの中で二人、少しだけ暖かさを感じていられたらいい。からの心"でも"、ただの体"でも"、馬鹿なぼくら"でも"、二人でいれば何処へでも行けるだろう、と言いたいのだと思う。「この手を繋いでいこう」のリピートのところで「繋いでいこうぜ」と言っているのが心強い。実はすごく好きな曲。冬の道を大切な人と手を繋ぎながら一緒に聴けたらいいと思う。
4.ミスフライハイ
テンションの高いロックンロール。間奏のキーボードの狂ったようなリフからギターソロに入るところが最高にカッコいい。歌詞の意味なんか考えずに、ひたすら音の洪水とボーカルのシャウトを浴びたい。
5.11%MISTAKE
黒い。VINEの曲の中で、一、二を争うほどのブラック・コンテンポラリー色の出ている曲だと思う。イントロのファルセットからして、別のバンドかと思うほど。間奏のキーボードやギターもファンキー。シロフォン(?)の乱打も素敵。歌詞、途中で「キチ、ガイ」と言っていると思う。バンドとしての表現力を広げていると感じる意欲作。
6.SEA
「ガラスに仕切られた世界で、誰にも傷付けられることなく生きたい」と切望したことのある者だけが、この曲を理解できる。7分を超える大作だが、冗長さを全く感じさせない必然性のある楽曲の展開と歌詞の構成。超名曲。つらいことがあったときは、ベッドに入って、頭からふとんをかぶって、この曲をリピートしていたい。微かに波を立てて、僅かに餌を食べて、いつまでも…
7.Good bye my world
"SEA"の次にこの曲になると、本当にこの世界にGood byeしたくなる。危ない、危ない。サビのメロディーはとても美しいが、それゆえに余計に美しい心持のままこの世を去ろうかと思わせる。何を想えば楽になれる? そんな質問の答は分かりきっているけれど。認めてしまう…のか、否か。
8.Suffer the child
これも凄くパンク精神あふれる曲。高音で伸びてしゃくり上げる田中のボーカルが冴えている。歌詞はやはり意味不明だけれど、何かに対する怒りをぶつけているのだろう。
9.アンチハレルヤ
軽快なスカのリズムに乗せて、軽妙なフレーズを歌っているように聴こえるが、タイトルに「アンチ」が冠せられていることは見逃せない。自分の中でタテマエとホンネが分裂して、理想を見失った自己への戒めなのか。なんでここに立って顔作ってんだろう? あの日の熱いやつを忘れてしまったのか? 誰でも想うことなのかもしれないけれど。
10.会いにいく
バラードの名曲。癒される。空虚になって、何もかも見失ったようなとき、自分を取り戻せるきっかけになる、そんな曲。ひとりで精一杯で、急いで会いに行きたい。こういう気持ちになるときは確かにある。間奏のギターのフレーズの暖かさに、涙が出そうになる。
11.公園まで
"会いにいく"で癒されて少しだけ暖かくなった心をさらに解きほぐしてくれる。ポップスとして極上。心地よいギターのリフと優しいボーカル、少しタメを効かせてゆったりとしたドラムス、控えめにシンコペーションを奏でるエレキピアノ。柔らかい陽光に包まれて、緑の木々の下を散歩して、広くて眺めのいい公園に向かうような曲。公園まで、なんて言わずに、このままどこまでのこの時間と空間が続いてほしい。 そんな想いを写すかのように、VINEにしては珍しくフェード・アウトで、少しずつ、少しずつ余韻の残すように曲が終わっていく。
12.鳩
たぶん、おまけのトラック。そう思いたい。アルバムとしては"公園まで"で終わっているんだと思う。でも、公園まで歩いて、ようやく公園に着いて、そこにいる鳩に「どうなるもんじゃねえ」という現実を突きつけるところが、まさにVINEなんだろう。理想の甘美な世界と現実の厳しい世界。そこに存在する不条理。それに目を塞がないという決意。この曲を"公園まで"の次に持ってきた意図はそれを示すことにあるのだろう。
VINEの提示するこの世界観は、とても重い。けれど、僕らが住んでいるのは、きっとそういう所なんだろう。ここはイデアの世界でも、水槽の中でもないのだ。