その瞬間、僕は世界を愛するだろう―『地上はポケットの中の庭』

一粒の砂に世界を見、
一輪の野の花に天国を見る
手のひらに無限をつかみ、
一瞬のうちに永遠をとらえる
ウィリアム・ブレイク「無知の告知」)

ブレイクが夢想したように、世界を見たり永遠をとらえたりしたいというのは、人の本能かもしれない。だが、限りある生命を持つ人間にとって、それは見果てぬ夢のように思われる。では、もし、僕らがその夢を実現できるとしたら。もし、それが可能になるとすれば―それは「想像力」や「理解力」といった、人間の精神によってなされるものになるだろう。

作者の田中相は、表題作『地上はポケットの中の庭』で、主人公の老人にこう語らせる。

「この一瞬は続きも終わりもせず永遠の中に切り取られてある」
(田中相『地上はポケットの中の庭』)

そうだ。どう続くのか。どう終わるのか。そんな不安に付きまとわれていたら、この一瞬の素晴らしささえ正しく認識することさえできない。一瞬のうちに永遠をとらえ、永遠のうちに一瞬をとらえる。それこそがこの作品で示されている人生観であり、主人公が人生の時間を重ねて至った境地なのだ。その瞬間、僕は世界を愛するだろう。僕は世界に愛されるだろう。

収録作品は『五月の庭』、『ファトマの第四庭園』、『地上はポケットの中の庭』、『ここは僕の庭』、『まばたきはそれから』の5作品。特に味わい深いのは表題作と『ファトマの第四庭園』。「庭」というのが共通したモチーフになっているが、時代や場所、主人公の年齢も実にさまざま。読み通すと、時空を超越したような不思議な感覚を味わえる。こういう感性は大好きだ。

明らかにそれとは書かれていないが「因果」「悟り」「輪廻」といった仏教思想に通じる世界を感じる。「客観」よりも「主観」、「物質」よりも「精神」に重きを置いた作品。だが、決して情に流されすぎていない。壮大な世界・宇宙の中で、自分が何者であるかを考えさせらる一冊。

本書は『ITAN』掲載作品を中心とした田中相の単行本デビュー作になるが、今後が楽しみ。連作短編や長編も読んでみたい。

地上はポケットの中の庭 (KCx ITAN)

地上はポケットの中の庭 (KCx ITAN)