春樹流ハードボイルド〜『さよなら、愛しい人』

夏休み読書週間ということで、去年の夏は早川文庫に身も心も財産もささげたのだが、今年も早川書房に貢ぐ夏になりそう。なぜなら、かの出版社が僕の肌に合うからだ。ということで、まずは第一弾として、村上春樹の訳したチャンドラーの『さよなら、愛しい人』を読んだ。

さよなら、愛しい人

さよなら、愛しい人

フィリップ・マーロウがまだ若いという設定の作品なので、彼のハードボイルドっぷりもなんだかまだ生硬な印象。行動にも無駄が多いし、語りもなんだか饒舌だ。

ストーリー自体は訳者が変わっても不変のはずなのだが、清水訳の『さらば愛しき人よ』と比べるとこちらもなんだか無駄に冗長な部分が目に付く。チャンドラー自身も若かったということなのだろう。そして、村上春樹がそれを忠実に翻訳しているのだろう。

結果的には「ああ、これってこういう作品だったのか」と改めて発見することが大きかった。現代のアメリカの探偵は、一見すると無駄なことばかりしているのだ、とか。村上春樹はそういうディテールを翻訳することを楽しんでいるようだが、読者としては必ずしも訳者と同じようには楽しめないかな。いや、個人的には、翻訳とはいえども、村上春樹の選び取る日本語を味わうことは大好きなのだけれども。

しかし、この帯のコピーはひどい。「へら鹿マロイのような一途な愛、あなたも経験ありませんか?」って、安手のパルプフィクションのようだ。それに微妙にネタバレしている。何よりも、この作品の雰囲気にまるで合っていない。春樹の読者だからといって、純愛を求めているといると思ったら大間違いだ!…叫びつつ、この辺のマーケティングの不器用さも、早川書房らしくて許す。