世界は自分のためにあるわけじゃない―そのことに気付いたのは一体いつだろう。夢が破れたとき、想いが届かなかったとき、信じていたものに背を向けられたとき…。
僕らは善意に囲まれて生きているわけではないし、理想に近付いているわけでもない。ただこの現実の中に放り込まれて、そこで沈まないようにもがいているだけの存在なのだ。パスカルの言うように、人間など一本の葦に過ぎない。そんな人間にとって、人生(Lifetime)とは一体なんなのだろう。生涯(Lifetime)というのは生きるに値するものなのだろうか。
- アーティスト: GRAPEVINE
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 1999/05/19
- メディア: CD
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初期GRAPEVINEの最高傑作『Lifetime』は、そのような苦悩に満ちている。少年のうちは、学校や家族という制度に半ば守られて生きていくことができる。だが、人はいつまでも少年ではいられない。少年期には必ず終わりが訪れ、世界の只中に放り込まれる時期が来るのだ。
そこで人は悩む。自分は何者なのか、何を為すことができるのかと。そして、何者でもなく、何も為すことができない自分を見出しそうになった不安に直面し、独りで焦り、胸をかきむしらんばかりに苦しみ、眠れない夜を過ごして、重い朝を迎える。このアルバムはそんなぴりぴりとした空気を感じさせる。前置きが長くなったが、全曲インプレ。
1.いけすかない
イントロからツインギターの掛け合いとうねりを堪能できる。「世界が二人を引き離してく」という疎外感。「まだ期待しているのかい?」という自嘲。本当に世界というのは、いけすかないものだ。
2.スロウ
夜中、突然、僕は世界の中に一人でいることに気付く。頬に息がかかっていても、腕を絡めても、話しかけても、聞こえていた歌を重ねたりしても…。寒い闇の中で、裸のまま孤独に沈んでいく。どうすれば良いのだろう。「何を犠牲にしても 心が傷つかぬように」そう歌うこの曲だけが、僕の理解者なのかもしれない。
3.SUN
変拍子のイントロ〜Aメロと、ストレートなロックのサビの対比が印象的。「出会った頃を想い出した 君は笑ってばかりだった 目を閉じるだけで そう 大きな夢が見れたっけ」という追憶の言葉が哀しい。
4.光について
「少しはこの場所に慣れた」―でも違和感は消えないよ。
「余計なものまで手に入れた」―責任なんか負いたくないのに。
「イメージの違いに気付かなかった」―いまさらどうにもならないけれど。
僕の心はずっとここにあって変わらない。でも、世界の中で、どこに納まるべきなのか。誰が受け止めてくれるのか。きっと答はないんだ。じゃあ、僕の居場所はどこなんだろう。
5.RUBBERGIRL
インスト。ギターソロでロックの世界に没入できる。いや、これは逃避と呼ぶべきなのかもしれない。
6.Lifework
「生まれ変われたらいい」というフレーズで始まる厭世感あふれるスローバラード。少しサイケデリック。間奏のオルガンのソロが好き。
「どうしたいかなどと 分かるものか 見つかるものか」―もう全て投げ出したい。もういいでしょう。
「どうかこのまま見守っていてください」―まあ、どうなるか分からないけれど。
人生の意味なんて、誰にも分からないでしょう、どうせ。
7.25
「今は そばに 何も要らぬ」―軽快なリズムに乗せているけれど、世界に背を向けて一人になりたいと強がっている曲。いつまで強がっていられるのか分からないけれど。
「全てを敵に回して 生き残れ わずかな未来へ」―生き残れなくても構わないけどね。 ところで、タイトルの"25"って何の数字なんだろう。
8.青い魚
「青い海も 青い魚も みんな昔 手にしたもの」と始まる、喪失感を強く感じさせるバラード。「今は私のこの手のひらの中を 冷たい風だけが通り抜けていく」―かつて、この手の中はいろいろなものに満ちていたのに。たくさんのものが、いつの間にか、こぼれていった。
9.RUGGERGIRL No.8
2曲目のインスト。よりハードに。よりソウルフルに。よりディープに。どこまでも。自暴自棄なほどに。
10.白日
育ってきた場所を離れて、一人になって何かを探している。でも「夢はまだ夢のまま」で、いつまでたっても現実にはならない。いつか現実のものになるという希望もない。そんな希望を抱いていていいのかも分からない。焦燥感に駆られて、どこかに走り出したいのに、どこに向かえばいいのかも考え付かない。そんな心の叫びが聞こえてくるようなナンバー。
11.大人(NOBODY NOBODY)
力の抜けたギターのストロークに、ユーモラスな詞。表面的には軽いフォーク・ロックという感じだが、言葉の裏には皮肉が隠されているようだ。「時は流れていく 新しい朝が迎えに来るまで 平気で待ち合わせさ」だとか「時は流れていく 下らない人が迎えに来るのに 平気で待ち合わせさ」だとか。口では「大人になれないじゃないの」なんて言いながら、本当は大人になんかなりたくないんだ。というか、そもそも「大人」と呼ぶに値する人なんかいるのかな。いや、いないよ。NOBODY NOBODY。誰もいない。
12.望みの彼方
「ただでさえ 耳が鳴る だから独りにしないで」―現実には一人でいることは分かっていても、そう叫ばざるを得ない夜。
「真夏に咲いた花は枯れて あの日繋いだ手は解けて 誰かが言った僕のせいだって 全てを変えた」
詞、メロディー、アレンジ、どれをとっても素晴らしい。個人的には、シングルカットされた『スロウ』『光について』『白日』を抑えて、この名曲揃いのアルバムの中のベストテイクだと思う。というか、この超名曲がシングルになっていないのがむしろ不思議だと思う。
13.HOPE(軽め)
アルバムの最後に小品を持ってくるのはVINEの常套手段。「抱きしめてたいのか 手離したいのか はっきりしていないのか 分からないのか」―この辺のグルグル回っているあたりが、いかにもまたVINEらしい。
自分が何者なのかは分からないし、世界がどういうものなのかも分からない。でも、どうやら自分はここで必ずしも祝福された存在ではないようだ―こんなことを考えて悩むのが青年期であるとするならば、『Lifetime』は、まさに少年期を終えて、不安な青年期に突入したばかりの人間の叫びがこめられている。
どうしようもなく叫びたい夜、僕はこのアルバムを一人で大音響で聴く。スピーカーの向こうに、この孤独を理解してくれる人の姿を求めながら―