ディズニーによる全年齢版「WICKED」―映画「アナと雪の女王」

アナと雪の女王」は、予告編でイディナ・メンツェルが「Let it go」を歌い上げるシーンを見た瞬間、2003年初演のブロードウェイミュージカルの「WICKED」を連想した。 


Idina Menzel Sings Defying Gravity on the Late ...

イディナはこの舞台の初演で「悪い魔女」のエルファバを演じ、「Defynig Gravity」で、自らを解き放って空に羽ばたく姿で観客を魅了、2004年のトニー賞で主演女優賞を射とめている。

今回「アナと雪の女王」(吹き替え版)を見て、ストーリーの骨格が「WICKED」と共通点が多いことを確認するとともに、やや社会風刺の効きすぎている「WICKED」の物語を子どもにも分かるように、全年齢版にディズニーがアレンジした作品であるように思われた。

共通点をネタバレのない範囲で挙げるとこんな感じになるだろう。 

  • 基本的にダブルヒロインの設定
  • 形式上なヒロインは天真爛漫な普通の女性
  • だが真のヒロインは生まれついて魔法の力を持つ女性
  • 真のヒロインは妹想いだが、それゆえに周囲から孤立している
  • 自らの魔法の力を制御できず、それを肯定できずに悩む
  • ある出来事をきっかけに、自らの存在が社会の平和とは両立しないことを悟る
  • 社会性の放棄と引き換えに、自らが自分らしくある道を選び、そこで魔法の力を解き放つことを肯定
  • 物事の本質は、見かけとは違う、むしろ正反対
  • 女性二人のお互いを思いやる気持ちこそが何よりも美しく貴重
  • 一方、男性の登場人物はどこかに欠点があるか、あまり存在感がない

「WIKED」の方は、真の主人公であるエルファバに対して、妹のネッサローズではなく、旧友のグリンダとのダブルヒロインであるが、この「影のある真のヒロイン」と、「天真爛漫な形式上のヒロイン」との対比によって物語が推進しているところは、まさに「アナと雪の女王」に引き継がれた構造だ。

子どもにも親しまれるように、人間でない愛されキャラを出したりするところや、分かりやすいエンディングになっているあたりは、「WiCKED」との相違点であり、ディズニーならではのカラーだろうと思う。

ただし、全年齢版と言っても、かつてのディズニー映画が得意にしていた「いつか王子様が…」的な保守的な価値観とは違った価値観が提示されているあたり、しっかりと2010年代の作品になっている。十分に大人の鑑賞にもたえられる。

次に、音楽面では、冒頭の導入部で氷を運ぶ男たち「氷の心」はまるで「レ・ミゼラブル」の冒頭のようだし、劇中歌も「生まれて初めて」「レット・イット・ゴー」を筆頭に聴きごたえのあるものが揃っている。

映画を観ながら、ミュージカルになったときの場面を想像していたが、「ライオンキング」ほどのインパクトはないにせよ「美女と野獣」や「リトルマーメイド」クラスの傑作になるのではないかと思う。

最後に映像の方は、CG臭を感じさせない作画は美しく流麗で、テン年代の日本アニメを代表する「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」と並べても引けを取らないレベル(表現の方向は違うが)。

結論を一言で言えば、実に良くできた映画だ。アカデミー賞長編アニメ賞を受賞したのも十分に納得感がある。自分が審査員だったとしても「風立ちぬ」ではなくてこちらを選んだだろう。

さて、吹き替え版ということで肝心の声優・歌手の評価についても簡単に述べておきたい。

まず、誰よりも圧倒的な存在感を示したのは、アナを演じた神田沙也加。台詞回し、歌唱ともミュージカルの経験を活かした表現の幅の広さと深さを示した。ときどき松田聖子が乗り移ったかのように聞える瞬間があり、DNAというのはこういうことかと感慨深くなった。

次いで、雪の女王エルサ役の松たか子も好演だった。彼女も女優であることに加えて、歌手活動もしているし、「ジェーン・エア」などでミュージカルの経験もあるということで、素直で伸びやかな歌声を聴かせてくれた。ただ、オリジナルのイディナの迫力と比べると、やや優等生としてまとまっている印象が残り、評価が分かれるポイントかと思われた。

また、ある重要な役を演じたピエール瀧の演技は素晴らしいものだった。

いずれも、話題作りのための声優キャスティングとは対極にある、実力本位の人選だったと思う。今回のキャスティングでのコンサートとかライブもいつか観てみたくなる。まあ、舞台での共演というのは実現が難しそうなので、まずはCDから。日本後キャストによる吹き替えの入ったCDの発売は5月3日。