後半の失速がちょっと残念―『夢売るふたり』

西川美和は意地の悪い監督だと思う。人間のどうしようもなく汚い面を、これでもかというくらい容赦なく抉っていく。どこまでも追い詰めて、逃げ場のなくなったところで、息ができないくらいに徹底的に締め付ける。かつて『ゆれる』を劇場で観た際に、そのあまりの徹底っぷりに過呼吸になりそうになったくらいだ。

さて、最新作の『夢売るふたり』。

公式サイト:映画『夢売るふたり』公式サイト

松たか子阿部サダヲが夫婦で結婚詐欺を働く、という設定だけで、見たいと思わずにいられない。この二人なら、人間の弱いところ、狡いところ、醜いところ、汚いところを、きちんと演じきってくれるという確信があるからだ。西川美和の意図に沿った、いやそれ以上の演技を見せてくれるに違いないと。

前半は、確かに期待通りの展開になった。火事で無一文になった夫婦が結婚詐欺に身を落とす過程が、いちいち納得の行くステップを踏んで描写される。阿部サダヲ演じる貫也の弱々しいところ、松たか子演じる里子のふてぶてしいところは、時に戯画的ではあるが、ストーリーの推進力となって、観るものをぐいぐいと作品の世界に引きずり込む。

だが、その推進力は、後半になって急激に失速する。物語の視点が、この夫婦ではなく、何人かのターゲットの側に近づくからだ。騙される側にも、生活があり、意地があると。それはそうだろう。だが、複数のターゲットについて同時並行的な説明を入れたがゆえに、物語はやや散漫になり、西川美和特有の「追い詰めて締め付ける」タイト感が、かなり間延びしてしまった印象だ。

エンディングも「想定された範囲内」にとどまっており、『ゆれる』のラストにように意表を突くようなシーンではなかった。曖昧ではあるのだが、あれこれと想像をふくらまそうという気分にはならない、というか。

後半のグダグダもあって137分はちょっと長く感じた。騙される女性達のエピソードをいくつかカットして120分以内に収めればタイトな感じも出たのではないかと思う。

蛇足。一部で話題の松たか子が演じた汚れ場面。個人的には「さすが松たか子、今回も凄い」と感服するレベル。西川美和の意地悪さはこの分野で集中的に発揮されてしまったのかもしれない。しかし、10年前ならまだしも、彼女はいまやお嬢さん女優などではなく、プロ根性のある実力派。あんなシーンやこんなシーンを演じさせて「汚してやった」と悦に入るのはちょっと違うのではないかと思わせた。個人的には、もっと凄みのあるイかれた場面を演じさせるべきだったのではないだろうか。