夢は呪いと同じ―『Fate/Zero』11話

夢ってのは呪いと同じなんだよ。
呪いを解くには夢をかなえなけりゃならない。
でも途中で挫折した人間はずっと呪われたままなんだよ。
(『仮面ライダー555ファイズ)』第7話)

杯を酌み交わしながら「なぜ聖杯を望むのか」を語り合うライダー、アーチャー、セイバーの3人。

アーチャーは、聖杯も含めてすべての宝物・宝具は自分のものだといい、それがほかの人に盗まれるのを看過できないという。まさに「上からアーチャー」。傲慢とも言えるが、これはこれで一貫して隙がない。

ライダーは受肉を望む。彼は己の欲望に忠実であり、常に隠すことなく最良のものを望む。それを具体化しようとするところに人が付いてくる。そして付いてくる人々を幸せにすることこそが、王のあるべき姿だと言う。だからこそ、この世界に再び肉体を手に入れることを望み、そのために聖杯を手に入れたいと。ある意味、理想的なリーダーシップの姿であろう。

セイバーは故国の勝利を願うと。彼女が自らに課す王のありかたはストイックなものではあるけれども、英霊となってもなお故国の再興を願う彼女に、ライダーはそれは「呪い」の類であると断じる。

いい加減その勇ましき「夢」から醒めろ。
さもなければ貴様は、英雄としての最低限の誇りも失うことになる。
貴様の語る王という夢は、いわゆるそういう類のものだ、「呪い」だ。
(『Fate/Zero』11話)

この「夢」が「呪い」であるというのは、冒頭に引用した仮面ライダー555の台詞に対応しているものだ。平成ライダー好きの虚淵玄らしいオマージュであると言ってもよい。

ライダーが放ったのは言葉だけではない。酒盛りの会場に突如闖入したアサシンの群体を、宝具の一つである「王の軍勢」を召還して粉砕。ライダーを慕う多数の軍勢、それも一人一人が英霊としての力を持つほどの存在たちを号令一つで従えて、ライダーは駿馬に跨って広大な戦地を駆け巡る。まるで「これが王たるものの器だ!」と言わんばかりに。

その姿に、セイバーは完全に自信を喪失する。だが、そんな弱った彼女にアーチャーは興味深い眼差しを向けるのだった…。

ということで、『Fate/Zero』は前半から後半への最大の山場回。OPもカットして本編盛りだくさんだったし、「王の軍勢」のビジュアルが期待を上回っていたことに大満足。そして何よりも、ライダーのカリスマ性にマジ泣けた。まだ先が長いのに。