僕らが本当に交換したいもの

iPodの特徴の一つは、プレイリストを見れば持ち主が普段どんな音楽を聴いているのかというのが一目瞭然になるところだ。本棚やCDラックを見なくても人の好みが分かるというのは、コミュニケーションの手間を省くという点ですごく便利である反面、瞬時に他人を判断してレッテルを貼る可能性が高まることも増え、場合によっては怖いことでもある。

だが、考えてみれば、たとえば他人が着ている服を見て、これと同じような先入観を持つことが珍しくない。きちんとしたスーツを着ているから堅そうだ、とか、ボーダーのシャツにベレー帽をかぶっている*1からフランス好きだろうとか。だから「他人からこう見られたい」とか「こういうイメージの人だと思われたい」ということを意識して服を選ぶということが起こるようになる。自分の本当に好きな服ではなく、「美人投票=ビューティーコンテスト」的に他人の高い評価が得られる服を選ぶという倒錯的なことが起こるようになる。いわゆる「服装の記号化」だ。

こうした「記号化」は、何も服装に限ったことではない。

読んでいる本や雑誌、乗っている車、場合によっては職業でさえ記号だ。そして、音楽も同様である。iPodは、こうした「音楽の記号化」を加速するだろう。「○○を聴いているんですか、さすがですね*2」と言われたいがために、さして好きではない○○というアーティストのデータをiTuneに取り込んだり、ということが記号化の端的な例だ。

しかし、僕にとって音楽は記号ではない。「魂」だ。何の臆面もなくこんな言葉を使うことはできず、やっぱり恥ずかしいと思うけれど、それでも他に表現のしようが思いつかない。だから、他人からどう思われようと好きなものは好きだし、そういう音楽を持ち歩いて、いつも一緒にいたいと思う。これは、WalkmanがCDWalkmanになっても「着うたフル」の携帯電話になっても、そしてiPodになっても変わらない。自分の琴線に触れる好きな歌と一緒にいたいだけだ。

だから、プレイリストをひけらかすようなことはしないけれど、同じように本当に好きな音楽を持ち運んでいる同士で、お気に入りのアーティストについて教えあったりするのは心から楽しいことだと思う。お気に入りの音楽を交換することは、大事にしている小説やマンガを貸したり、大好きな映画を見せたりすることと同じで、価値観を知ってもらう最良の手段の一つだと思うから。そしてそこで素晴しい作品やアーティストと出会うことは、なんと意義のあることだろうと思う。

昔から、親友や好きな人に、自分の気に入っている曲を集めて「マイ・ベスト」とかいう、今にして思えば赤面してしまうようなタイトルをつけて、カセットテープやCDを編集してきたという経験を僕らは持っているのだけれど、iPodでもそんな感じで、自分の気に入った曲のリストを作って、聴いて欲しい欲しいと思う一連の曲のデータを一気に交換できるようは機能があればいいのに、と思う。

当然ながら楽曲の交換が著作権の侵害になる以上、Appleがこれを可能にすることはないわけだが、僕らが本当に交換したいのは「曲」ではない。「価値観」であり、「こだわり」であり、「好み」であり、「魂」である。

音楽の交換は著作権によって制限されるが、「魂」の交換を妨げるものは何もない。

(初稿の後半部分がシステムトラブルで消失したため、思い出しつつ書き直しました)

*1:現実にはこんな格好をしている人はあまりいません

*2:別に「さすがですね」に限らず、自分が得たい評価を適当にこのセリフに入れればOK