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セックスと坊主とユーチューブ―これは誰に向けたメッセージなのか?

セックススキャンダルを起こしたアイドルが、自ら坊主頭となり、カメラに向かって涙を流しながら謝罪する。この映像がユーチューブ公式で流された。この坊主頭は誰に向けたメッセージなのか。

まず、彼女は誰に対して謝罪しているのだろう。自分を支えてくれたファンに対して? それとも「恋愛禁止」というルールを設定している運営に対して? ここがよく分からない。

次に、彼女は何のために坊主頭にしたのだろう。修道女のように恋愛から身を引くために? それともグループから追放されるのを避けるために? これもよく分からない。

坊主頭にした後、仲間に囲まれてピースをしていた画像と照らし合わせると、もしかしたらグループに残ることが目的だったということかもしれない。このグループには規則は存在するが、それを破った場合の罰則にはきちんとした定めがないということなんだろう。今回、自ら坊主にすることで罰則を軽減できる前例が生まれたとも言え、今後、同じようなスキャンダルが発覚したときには、自発的に坊主頭になるメンバーが続くこともありえる。何とも不気味な世界ではあるが。

では、彼女はどこで間違ったのか。

1.「恋愛禁止」のルールのあるグループにいながら、恋愛をしたこと。
2.「恋愛禁止」のルールのあるグループにいながら、ファンを失望させるセックススキャンダルを起こしたこと。
3.「恋愛禁止」のルールのあるグループに残留するために、坊主頭にしたこと。

答は、見る人の考え方によって異なるだろう。

あるいは、このように思う人もいるかもしれない。

4.「恋愛禁止」のルールのあるグループに入っていること。

だが、人の価値観はそれぞれである。そのようなグループに属していることが自己の存在意義であると感じている人にとっては、そのグループからの脱退は自己否定を意味する。他の人からすれば、それが不合理なルールであり、そのルールの適用されない外側の世界が広大であると思われたとしても、当人がそこまで広い視野を持っていない場合には、グループからの脱退を決断することは容易ではないと想像される。

このような視野狭窄に当事者を押し込めるシステムを、僕は決して良いものではないと思う。が、CDの売上やら、TV番組の出演料やら、多額のお金が動くシステムであることは間違いなく、批判だけではこのシステムは容易には壊れないだろう。このシステムが壊れることがあるとすれば、セックススキャンダルが続出してファンの支持を失うときではないか。だとすると、運営側にとっては、そのような事態が起きないように「恋愛禁止」のルールを一層厳しくすることが重要となろう。

とすると、今回の坊主頭が誰かに対する意味のあるメッセージになるとすれば、それはファンに対して社会に対してでもなくて、まさに他のメンバーに対してであろう。こういう行為を通常は「見せしめ」と呼ぶ。僕個人はこの方法が全く好きではないが、そのような方法によってのみ規律と結束を維持することができる集団が存在することは事実である。まさに価値観は様々、としかいいようがない。