忠実な映画化―『レ・ミゼラブル』

ミュージカルが好きだが、ミュージカル作品の映画化は喜ばしい。劇場には劇場のライブ感があるが、映画には映画の魅力がある。その両方を楽しめるのは幸せなことだ。スクリーンに大写しになる役者の表情や、舞台装置では表現しきれないロケーション。それこそが映画ならではの魅力だ。作品の世界を広げてくれる。『オペラ座の怪人』はまさにそのような映画だったが、この『レ・ミゼラブル』も同じような魅力を持つ映画に仕上がっている。

監督は「英国王のスピーチ」でアカデミー監督賞を受賞したトム・フーパー。妙なオリジナリティを追加することなく、原作の持つ壮大なドラマを、きっちりと忠実に映画に仕立ててくれた。その手腕は「手堅い」と評するべきであろう。ミュージカルに馴染みのない観客にとっても抵抗なく観ることができるよう、場面の導入をロングカットとするなど随所に工夫が感じられた。

さて、キャスト。主役のジャン・ヴァルジャンを演じたヒュー・ジャックマン。内面の苦悩が滲み出してくるような渋い演技。歌ではややかすれ気味で高音を絞り出すようなところもあったが、見せ場となる”Who Am I?”での表現力は素晴らしく、情熱の迸る演技を見せてくれた。

そして、彼を執拗に追うジャベール役のラッセル・クロウ。単なるマッチョになっていたらどうしようかと思っていたが、そんな杞憂を吹き飛ばすのキャラ作り。暗い目の演技が凄かった。ちょっとこもったところもあるバリトンだが、朗々と歌い上げることをせず、内に響くようなあの歌い方は個人的には想像以上に心地よかった。

ファンティーヌを演じたアン・ハサウェイ。持ち味の甘い雰囲気を封印し、貧困と不幸に身を窶して最後は病に倒れる役を熱演。歌をそれだけで聴かせるというレベルには至っていなかったかもしれないが、”I Dreamed a Dream”では哀しい境遇にありながらも己を失わない強さをしっかりと見せてくれた。

コゼット役のアマンダ・セイフライドは、目を引くようなブロンドの持ち主で、ルックス優先で選ばれたようにも思われたが、歌声を聴くと実に清らかだった。その清楚さゆえにコゼット役がはまっていたと評価できる。

と、ここまでが主要キャストだが、エポニーヌについて触れないわけにはいかない。サマンサ・バークスはどこからどう見てもエポニーヌで、歌い始めたら、もう本当にエポニーヌで驚いた。他の役者が「上手く演じている」と思わせる中で、一人だけ「本人出演」と呼べるレベル。彼女の”On My Own”は本当に心に染み入ってきて、胸にこみ上げてくるものがあった。情感たっぷりにしゃくるところと伸びやかな高音の使い分けはさすが本職のミュージカル俳優。彼女の歌が最も感動的だった。

ずる賢いがどこか憎めないテナルディエ夫妻に、サシャ・ノーマ・バロン・コーエンとヘレナ・ボナム・カーター。サシャは『ヒューゴの不思議な発明』での警官役での名脇枠が印象的だった実力派。そしてヘレナは、この監督では『英国王のスピーチ』に続く出演ということで、演技力が買われているのではないかと想像する。そういえば、この二人は『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』でも共演していた。あれも一応ミュージカル映画なので、その実績が評価されてのっキャスティング…ということはないか。でも、コミカルな演技は、このシリアスな作品の中で一服の清涼剤になっていたと思う。

ということで、ミュージカル好きにも映画好きにも観賞して楽しい作品であることは間違いない。しいて要望を言うとすれば、3時間近い上演時間は長いと感じさせるので、舞台と同じように第一幕のエンディング”One Day More”が終わったところで、10分程度の休憩を挟んでもよかったのではないか、いや、その方が感動が増したのではないかと思う。