たましいのおと〜坂本龍一"out of noise"

坂本龍一の新作アルバム『out of noise』を聴いた。PCMレコーダーで録った北極圏の音も使われている。これらは、体が自然に動くようなダンスミュージックでもないし、癒されるようなキャッチーな旋律にあふれているわけでもない。だが、ここには「たましいのおと」がある。以下、曲を聴いて感じた印象を記しておく。

1.hibari
繰り返すフレーズ。展開するようでいて元に戻る。反復するようでいて少し変化する。反復と差異。円環。単調な積み重なりだが、一度として同じ繰り返しはない。どこかに飛ぶように見えても断絶はない。何も変わらないように見えても少しずつ変わって行く。それが生。

2.hwit
アダージオ。いつか訪れる死。誰にでも、確実に。生命は失われる。残るものはあるのか。残るものは何か。自分が残すべきものは何だろう。そして振り返る。自分がどこからきたのか。次に確かめる。自分がどこにいるのか。最後に思いを馳せる。自分がどこに向かうのか。自分のたましいはどこに行くのか。

3.still life
自分の中に入り込む。動かない。じっとして。眠るように。これは死とは違うのか。肉体を使わずに心の中に何かを求めるとき、僕は精神だけになっている。これは死とはどこが違うのか。いや死とはこのようなものなのかもしれない。死は生の対極として存在しているのではなく、その一部として存在している。

4.in the red
鼓動のリズム。動脈や静脈を血液が流れる音。神経が反応する響き。電子信号のように。急激で鋭敏なときもあれば、緩慢で鈍感なときもある。外界からの声の侵入。"I'll be alright." それはノイズでもある。が、確かにここに生きている証でもある。「僕、大丈夫」「僕、大丈夫」呪文のように繰り返すことで、生きていることを確かめる。

5.tama
たま。奏でる音はまるで涅槃のようで。無限の中では人間など小さな存在。永劫の中では生などわずかな時間。限りなく広い時空を見せられると、高い次元に向けて覚醒するようでもあるし、同時に確かなものがなくなるような不安も覚える。生も死も超越した何かは神と呼ばれるが、神が人間をどのように見ているのかは人間には決して分からないだろう。

6.nostalgia
歩む。一歩ずつ。確実に。足元を踏みしめて。天空を見上げて。ときに帰し方を振り返る。もう随分遠くまで来てしまったようだ。戻ることはない。進むだけだ。一歩ずつ。確実に。ときに歩みは遅くなる。まだ先は遠い。だから止まるわけにはいかない。戻るわけにはいかない。一歩ずつ、一歩ずつ。どこに向かっているのかは分かっているのだけれど、どんな地平が切り拓かれるのかはまだ見えない。

7.firewater
何かに包まれる。大きさ、強さ、輝き、そんなものすべてを超越した何かに。自分の小ささを知る。何も知らない。全て感じている。これは宇宙。これは意思。これは神。その中にあってできることは何か。対話。意思との対話を試みる。感じる。神と同一になることで全てを知ることができるのだろう。神と同化することで全てを感じることができるのだろう。

8.disko
響きのある空間。自分のいる一点を中心にして、三次元の波紋のように音が拡がっていく。そこに宇宙が作られていく。その中心にいる自分。あたかも神のように。これが神であれば、神とはひどく孤独なものだ。全てを手の中に収めていながら、他に誰もいない。他に誰も話すべき相手がいない。

9.ice
氷が動いていく。ゆっくりと。何万年もかけて。悠久の時間。溶け出す部分もあれば、また固まる部分もある。長い時間の中では、水も氷も同じものだ。ときに水蒸気さえ。固体から液体へ、液体から気体へ。そして、気体からまた固体へ。輪廻転生。万物の相も同じものかもしれない。無から生へ、生から死へ。そして死からまた無へ。長い時間の中では全て同じものだ。何も変わらない。

10.glacier
水の分子。踊る。揺れる。漂う。舞う。混ざり合う。それはどこまでも水だ。静寂な空間の中で水の分子だけが動く。一次変換の操作を行っているように、不動点を除いて全てのものが別の場所に移される。そして、移された先でまた一次変換の操作が行われる。ここでは、その操作を重ねた回数が、時間として定義されている。いつから始まったのか、いつまで続くのか。

11.to stanford
閉じ込められていた不安はどこかに消えていく。別の空間に昇華されていく。いまここにあるのは安らぎだけ。それは確かなこと。偽りでなく、かりそめでもなく。確かなことは、いま生きていること。そして、ここにあること。その他の世界のことを考えないことで、確信を得ることはできる。

12.composition 0919
時間を止めることができるのなら、僕は確かにいま存在する。空間を切り取ることができるのなら、僕はここに存在する。それは確かなこと。コギト・エルゴ・スム。我思う、ゆえに我在り。僕は叫ぶ。いまここにいる。いまここにいる。いまここで動いているのは紛れもなく僕だ。いまここで振動しているのは僕という生だ。

初回限定版はカーボンオフセット仕様。写真や言葉がふんだんにあり、教授ファンなら絶対にこっちを買うべき。

out of noise(数量限定生産)

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out of noise

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