理知的でストイック―『マネーボール』

野球を理論で語る。だが、この映画は「ビジネス書の実写版」ではない。登場するオークランド・アスレチックスは実在のチームであるし、GMのビリー・ビーンが快進撃を続けたのも事実だ。本作品はノンフィクションであり、そこに価値がある。

ノンフィクションであるがゆえに綺麗事では済まない人間同士のぶつかり合いもきちんと描かれる。適切なタイミングで冷徹な分析の下に行われる選手のトレードに残酷な面があることも示される。だがこういう軋轢を紆余曲折しながら乗り越えていくことにこそGMという職業の存在意義がある。彼自身も自分を賭して信念を貫いているのだから。

ブラッド・ピットの抑えた演技は、「マネー・ボール」理論の持つストイックさと完全に重なり、強い印象を残す。マッチョでタフなだけではないところに、この作品における彼の魅力が表れている。選手でも監督でもない視点から描かれるメジャーリーグの世界は、完全にビジネスの競争と同じだ。そこで財力にものを言わて有力選手を次々に獲得するヤンキースのようなチームに対して、アスレチックスという中小チームがどうしたら伍していけるのか。これはビジネスでいうところの「戦略」にほかならない。ここにあるのは「努力」や「根性」ではなく、合理的な分析と、徹底的な遂行だ。

理知的でストイックな映画であるがゆえに、連勝を重ねるあたりの描写は、野球映画として見るとかなり淡白である。物足りないと思えるかもしれない。だが、この作品から読み取るべきは、表層的な「美談」ではなく、信念を貫くことの困難さであったり、それを貫き通すことの重要性なのだ。だから、野球の試合の場面が物足りないにしても、それを不満に思ってはいけない。

全体として「傑作」とか「大作」に位置付けられるようなものではないが、実話に基づく「佳作」だと思う。信念を貫くことの大切さをかみしめたいときに、また観たくなるだろう。