心の奥を抉る何かがある〜『流浪の月』(2022年、李相日監督)

凪良ゆうによる小説を李相日監督で映画化した『流浪の月』。


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「正しさ」を押し付けてくる社会の息苦しさを描く重厚な作品だった。

マジョリティがマイノリティに対して持つ偏見の息苦しさ。

その中で誰にも理解されずに孤立していくマイノリティの業と理想郷を描く。

女児誘拐事件的な題材ゆえに賛否両論分かれるとは思うが、まさにそのせめぎあいを生むことがこの作品の狙いでもあるだろう。

同じような題材を扱った『幸色のワンルーム』の実写ドラマは、放映開始前にあれだけ燃やされて、テレ朝が批判に恐れをなして結局放映中止を決めた。

それと比べると、『流浪の月』の映画が目立ったアンチキャンペーンなく上映されているのはとりあえず良かったと思う。

ざわざわした感情をもたらすとすれば、それはこの作品に心の奥を抉る何かがあるからだ。

「気持ち悪いから許されない」という極論の対極に「これは純愛だからいい」という結論を置こうとするのも、僕には安直なものに思われる。

例えば、ケチャップと唇の場面は、多様な解釈が成り立つものだと思う。

SNSで映画の感想を見ると、原作小説を読めばあたかも「答」が与えられているかのように言っている人もいるが、僕が原作小説を読んで思ったのは、あの言説こそ、実に体裁のいい言い訳になっていて、それをすらすらと言えてしまうのは、「信頼できない語り手」ではないかと。

人間の感情や欲望は、必ずしもそんなに簡単に言語化できるとは思えないし、簡単に言語化されたものはむしろ疑った方がいいのではないかと。

小説にしろ、映画にしろ、そういうドロドロした名状しがたいと向き合うことこそが醍醐味ではないかと思う。

ケチャップの赤、鼻血の赤、そして洋服の赤。

全てに共通した意味があり、隠喩であると。

いずれにせよ、世間に居場所のなくなってしまう二人を松坂桃李広瀬すずが説得力ある演技で見せてくれる。

また、女児を演じた白鳥玉季の圧倒的な存在感と魅力が光る。彼女の代表作になるかも。

美しい映像、特にクローズアップを捉えたカメラワークも素晴らしい。

誰にでも勧められる作品ではないかもしれないが、「正義」の息苦しさを感じている人には刺さること間違いない。