悪夢のようなディストピアのような〜桐野夏生『日没』

桐野夏生の新刊『日没』を読んだ。

日没

日没

表現者”である主人公が得体の知れない組織に絡め取られ、自由を奪われ、矯正を強いられるというカフカの「審判」の悪夢に通じる世界。

まさに「カフカ的悪夢」のように、姿の見えない役所的な組織から呼び出され、話の通じない相手に翻弄された挙句、世界と遮断され、人権などという言葉の通じない扱いを受ける。

一気に読ませて最後の一行までサスペンスを味わせてくれた。

ハッピーエンドになるのか、バッドエンドになるのかと。

30年前くらいなら「寓話」あるいは「共産主義」「全体主義」を皮肉ったメッセージというように読めたかもしれないが、いまの我々が置かれている「良い表現/悪い表現」を区分して、自分にとっての「悪い表現」をとことんなくそうとする風潮の先には、必ずこのような悪夢が待っている。

今そこにあるディストピアを描いた傑作。

ノーベル文学賞というものは、批評的精神を作品に昇華させて社会に警鐘を鳴らすこのような作家にこそ与えられるべきではないかと思う。