ラファエル前派展―英国ヴィクトリア朝絵画の夢@森アーツセンターギャラリー

ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所を択んだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはり画になるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、水の色と流れて行く人の顔の色と、衣服の色に、落ちついた調和をとったなら、きっと画になるに相違ない。
夏目漱石草枕』)

そのオフィーリアが日本に来た。漱石がイギリス留学中に足繁く通っていたテートブリテンから。六本木の森アーツへ。

(公式サイト):テート美術館の至宝 ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢

構成は全七部。

第一部 歴史
第二部 宗教
第三部 風景
第四部 近代生活
第五部 詩的な絵画
第六部 美
第七部 象徴主義

展覧会の場合、真ん中くらいか、あるいは終盤に目玉作品を飾ることが多いが、この展覧会では最初からクライマックス。一枚目のアーサー・ヒューズ「四月の恋」からして、英国の自然の中に女性の美が敬意をもって描かれている。

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そして早くもジョン・エヴァレット・ミレイの作品が登場。生きている女性の美しさを描いた「マリアナ」もいい。

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だが、圧巻はやはり「オフィーリア」。宗教画を別にして、死者の美しさをここまで徹底して描いた作品は稀だろう。だからこそ目が釘付けになる。今回の作品展で最も混雑していたのはこの絵の前だった。

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第二部の宗教からはロセッティの作品が加わる。「受胎告知」は西欧絵画の普遍的なテーマではあるが、縦に伸びたフォーマットや、赤を大胆にあしらった画面に、ラファエル前派の特徴が表れる。

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個人的に関心の薄い「第三部 風景」と「第四部 近代生活」はやや早めに鑑賞して、いよいよ「第五章 詩的な絵画」と「第六章 美」へ。ここはもうロセッティの独擅場。

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輝くような画面、そして背景の模様は、後世のクリムトにも大きな影響を与えているように見える。

最後は「第七章 象徴主義」。ここはバーン=ジョーンズの世界。今回はバーン=ジョーンズ展ではないので点数こそ多くないものの、「愛の神殿」のように彼らしい神秘的な作品を観ることができる。

彼の作品に心惹かれるのは、近代化して物質主義に染まっていくイギリスからの現実逃避をそこに読み取るからだ。ちなみに、バーン=ジョーンズ自身は「象徴主義」に分類されることは稀であると思うが、こうした現実逃避的な傾向から象徴主義の代名詞であるギュスターヴ・モローの作品群への距離はごくわずかであるように見える

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ロンドンのテートに行かずにこれだけのラファエル前派の作品を観ることができる機会はそれほど多くない。といいつつ、来週からは三菱一号館美術館で「英国の唯美主義」が始まる。そっちはヴィクトリア&アルバート美術館メイン。

2012年の「バーン=ジョーンズ展―装飾と象徴(三菱一号館美術館)、2013年の「夏目漱石の美術世界展(東京藝術大学大学美術館)」あたりからその兆しはあったが、英国ヴィクトリア絵画ブームが来たかもしれない。ファンにはうれしい限り。