『殺人鬼フジコの衝動』は不思議な小説である。
ストーリーはフジコという女性が関わった殺人事件を時系列で描写していくに過ぎない。だが、まるで三面記事のような下世話な人間関係の描写と、主人公の一人称で語られる内面の醜悪さが、灰汁の強さを醸し出している。
この灰汁の強さゆえに、作品としては賛否両論だ。確かに、決して品の良い話ではなし、人間の存在の本質に迫るというほどでもない。いかにもありそうなエピソードの連続で、バラエティ番組の中の再現ドラマのようなのだ。ぐいぐいと読まされるのであるが、こういうドロドロした話を覗いて喜んでしまう自分を発見して、自己嫌悪に陥らないとも限らない。
だが、この作品はそういった覗き趣味を満たすだけのものではない。さらさらと読み流していくと、最後に腑に落ちない点が残る。これを見逃してしまうと「俗っぽい」「つまらない」という評価にしかならないのだが、実際には、読者を騙す叙述トリックが仕組まれている。あの事件の被害者は誰だったのか。それを語っているのは誰か。ミスディレクションが巧妙過ぎて、読み終わっても気付かないこともあるが、気になりだすと、徹底的に考察してしまうだろう。そして、いままで気付かなかった新しい世界が見えてくるだろう。誰が善人で、誰が悪人なのか。足元を掬われるような思いがする。
個人的にはこの手の叙述トリック的な仕掛けには最近やや食傷気味であるのだが、悪趣味とも言えるストーリー展開と、アクロバティックな構成の組み合わせこそが、この作品の個性であるように思う。なんとも不思議な味わいを残す小説だ。
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