1988年―「ALONE」と「イケナイコトカイ」

森高千里の『ザ・シングルス』を店頭で見かけて思い出した。かつて森高千里を熱心に聴いていた時期があったことを。『17才』のカバーでブレイクする前。シングルで言えば『ザ・ミーハー』とか『ALONE』の頃。特に『ALONE』の「ひとりぼっち どうすればいいの」という彼女の詞は心に響いた。この人はどうなってしまうんだろうと心配になったりもした。

時代は1988年。ファッションから時代が完全にバブルだったと分かるが、バブルだからといって皆が浮かれていてハッピーだったわけではない。そこには疎外感もあった。

同じ年、岡村靖幸は『イケナイコトカイ』でこう歌った。

真夏の雨のように18、19が蒸発したけど
この僕らはいまならば大人だろうか

時代への違和感のようにも取れなくもない。皆が浮かれていてハッピーだったわけではないのだ。事実、翌年に株価は天井を付け、その後下落を始め、バブル経済は崩壊していく。違和感も消えていったが、同時に、確かなものに思えた価値観も崩壊した。自分はどうなるんだろう。そんな不安を抱いていたことを思い出す。

この時期のアルバムは、森高千里『見て』。岡村靖幸『靖幸』。どちらも自己顕示欲に溢れているように見えるが、実際にはアイデンティティの不安の裏返しではないか、といまなら思う。

あれから二十余年。森高千里は2児の母となり、ベストアルバムを出す。岡村靖幸は3度逮捕された。ずいぶんと長い月日が流れたものだ。この僕らは今ならば大人だろうか。

ザ・シングルス(初回生産限定仕様)

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