「終わコン」なんかじゃない―『涼宮ハルヒの驚愕(後)』

ジェバンニが一晩でやってくれ…、じゃなくて、一晩で読んでしまった。ということで昨日のエントリ(佐々木!佐々木!―『涼宮ハルヒの驚愕(前)』 - Sharpのアンシャープ日記)に続き、『涼宮ハルヒの驚愕(後)』の感想を。

「先輩、ここであたしと会ったこと、覚えてても忘れてもかまいません。どっちだって同じなんです。いやもう、あたし、うっかりうっかりさんでした! だいたいややっこしいんですよねえ。こんな勘違いもありってことで許してください。どうせすぐに解りますからっ! 解らない事態になることはないですからっ!」
(『涼宮ハルヒの驚愕(後)』p.67)

ヤスミ! ヤスミ! とにもかくにもこの巻では、ヤスミ、萌えだ。俺の脳内では、ヤスミのセリフは全部かな恵が読んでいる。つまり、渡橋泰水(CV:伊藤かな恵)。これが俺のキャスティングだ。

となんだか既視感のある文章。これもハルヒワールドらしいではないか。

内容の方は、αとβに分裂した世界が思いもかけない方法でアレしてしまう。詳細はネタバレを避けるが、『消失』のときに世界を復元したノリに結構近いように思った。ハルヒ・オールキャスト。『消失』では長門や朝比奈さん(大)が大いに活躍するのだが、今回はまた別の人物が魅せてくれる。よく考えられている、というか、よくマーケティングされているというか。

SF的な構造だけでなく、アクション的な見せ場も十分。アニメシリーズになったおかげで、本作のような複雑なストーリーであっても、脳内ではっきりくっきりと映像化される。いとうのいぢの絵もいつになくダイナミック。そして、最終ページまで丁寧に風呂敷が畳まれ、今後の展開にも含みを残した。

しかし、このシリーズはどんなにSF設定を駆使していても、あくまで「ハルヒとキョンの物語」だということだ。ハルヒ、やっぱりすごいよ。読んでいて鳥肌立った。「こんな高校生活を俺も送りたい!(送りたかった!)」と読者に地団駄を踏ませるという点で、ライトノベルとしては王道。個人的には西尾維新と双璧、かな。

ただ一つ不満があるとすれば、(前)で存在感を十分に示した佐々木が、期待していた以上の見せ場を与えられなかったところ。全体のプロットからするときっとこれはこれで予定調和なんだろうけど、もうちょっとはじけた佐々木が見たかったかな。

結論として、『分裂』『驚愕(前)』『驚愕(後)』の3作は、読者を十分に満足させる傑作だと言っていい。「ハルヒは終わコン」なんてとんでもない。『消失』以来の傑作。4年間待った価値はあった。このシリーズのアニメ化が期待されるところだ。TVでも映画でも。ただ、映画だと2本位のボリュームになることは必至。それで緊張感を保つのは、ちょっと難しい挑戦かもしれない。

いずれにしてもアニメ化する場合には、佐々木は沢城みゆき、渡橋泰水は伊藤かな恵で頼む。ということで、なんだか昨日と変わらないインプレになってしまった。だが、それに何の問題があろう。この既視感もまた、いつものハルヒワールドらしいではないか―