描くほどリアルなシギサワカヤ〜『楽園 Le Paradis』第5号

楽園 Le Paradis』の5号を買った。

季刊誌ではなく4ヶ月毎の刊行という変則的なサイクルゆえか、表紙で季節感を出すことはほとんどない雑誌だが、今回は違う。花。鳥。春。外は明るく暖かくなってきたのに、畳の上でアンニュイに寝そべるあたりが、シギサワワールドだな。『九月病』のカバーみたいな。

4号の「赤いドレスで脚チラ」も、ほのかにクリスマスパーティな雰囲気はあったけれども、今回の擬似アオリ構図的な脚線美による色気こそ『楽園 Le Paradis』らしい。毎号毎号、クオリティの高いカラー表紙とボリューム一杯の作品(今回は54ページ)の掲載を続けるシギサワカヤは、やはり凄い。ぱっと見で力の抜けたブログ(シギサワカヤBlog | 本家)に惑わされてはいけない。

さて個人的に印象に残った作品の感想を簡単に。

シギサワカヤ『サブリミナル』
僕の中では漫画家には二種類に分かれる。描けば描くほど「リアル」になる人と、描けば描くほど「おとぎ話」になる人と。シギサワカヤは、明らかに前者。本作は『箱舟の行方』でエレベーターに乗って…たあの二人の後日談。前作で描かれなかったディテールが描かれ、どうしようもないほどのリアリティが漂う。大人な場面もあるけれど、読者の期待しているような単純なものではない。そこがまたリアル。…しかし、この笹原というやつは描けば描くほど、ひどいやつですな。この手のヒール(悪役)は、きっと今後も登場するのだろう。彼に災いあれ!

・二宮ヒカル『花火の恋』
この人は、逆に描けば描くほど「おとぎ話」になる人だ。等身大のお話のようでいながら決して「どこにでもありそう」ではなく「んなこたーない!」と思ってしまう世界観。だがそれが人気なんだろう。シギサワカヤとの類似性を指摘する意見も聞かれるが、個人的には対極にある作家だと思う。今回の話では「花火」という小道具の使い方が光っていた。ドドーン!

中村明日美子『2月14日の楽園くん』『3月13日の楽園くん』
一時はオーバーワークから休業していたが、今号で復活。ポストカードの付録も含めて、やはりこの人なくしては『楽園 Le Paradis』は寂しい。今回は合わせて10ページの小品2つだが、繊細な絵柄は健在。どうか無理せずマイペースで執筆を続けてほしいと願うばかり。

黒咲練導『被嗜虐深度』
最初は嫌悪感すれすれだった絵柄やストーリーが、いまやページを繰るのがゾクゾクするような快感に変わっている。この常習性はなんだろう。こちらが調教されてしまったのか。極端なパースの歪んだデッサンも、心象風景の表れ。今回の作品でも「こんなボディラインの人間はいないだろう」という感じだが、このバイアスまたはフィルターこそ主人公の視点なんだろう。黒咲錬導は『放課後プレイ』のような4コママンガで軽快なテンポを刻むよりも、今回のような20ページ以内の作品で濃厚な毒気(常習性あり)を発し続ける方が断然よいと思う。

沙村広明『コップと泥棒、その妻と愛人』
わずか6ページのショートショートなのに、ぶっとんだ世界設定と、迫力のある構図、そして怒涛の展開。最後になんだかよくわからないオチ。相変わらずの天才っぷり。こういう天才の頭の中を覗けることを、僕らは読者として喜ぶべきなんだろうと思う。そして、これからも自由に描いてほしい(…なんか上から目線のコメントだな)。

個人的に一番うれしかったのは、巻頭言。「君の意見には反対だ。だが、君がそれを主張する権利は全力で守る。」というヴォルテールの有名な言葉の引用。この雑誌の気骨に乾杯。芸術を生み出すのは優れた才能だが、それを育むのは成熟した社会だ。石原都知事がなんと言おうとも。