川上未映子の『ヘヴン』を読んだ。以下軽くネタバレ。

- 作者: 川上未映子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/09/02
- メディア: 単行本
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斜視の主人公は「ロンパリ」と呼ばれ、クラスの男子生徒達からいじめられる日々を送っている。同じようにいじめられている女の子と人知れず交流を持つことになり…という話なのだが、何しろいじめられる描写が読んでいてつらい。不条理で、暴力的で、そして出口が見えない。主人公は死について考察する。そうでもしない限り、この現実から抜けることはできない。希望が持てない。
いじめる側についても描写される。特にいじめる理由はない。そこに必然はない。だからこそ、いじめられる側にとっては、その不条理がますます理不尽に思える。主人公は、受難者にも、殉教者にもなれないのだ。ひたすら毎日続くいじめを受けるだけだ。
その間にも女の子との交流は頻度が高まり、少しずつ深みを増す。これは友情とは呼べないかもしれない。恋とも呼べないかもしれない。単なる傷の舐め合いかもしれない。異性として見ているまなざしには、性的な好奇心が含まれているかもしれない。
主人公は斜視の手術を受けることを医者から薦められる。費用もそれほどかからない。彼女にそのことを打ち明けると、激しく否定される。二人の関係はそれほど脆いものなのだ。
やがていじめっこと二人の間に決定的な事件が起きる。すべてを壊すくらいの。だが、主人公が願っていたのは、ダラダラといつまでとも知れずに続く陰湿な日常よりも、すべてが白日のもとに晒されて首謀者が糾弾されるような悲劇であったのかもしれない。たとえ彼女を失ったとしても…
手術を受けた主人公の眼前には、いままでとはまったく異なる光景が広がっていた。まぶしく、明るく、遠くまで続く景色。その先にあるのはヘヴンかもしれない。でも、ここは天国ではない。もちろん地獄でもないが。
この作品での川上未映子の筆は前半はかなりスローペースだ。それはいじめの閉塞感を読者にも感じさせようとする意図的なものだろう。一方、終盤の展開はかなり急で、息が詰まるくらいだ。心理描写はともかく、ドラマの行方がどうなるのかストーリーをじっくりと読ませるものとなっている。
評価がはっきりと分かれる作品で、それゆえ誰にでも薦められるものではないが、作者に文学の才能があることを感じさせる小説だと思う。