駄目な男と強い女〜『ヴィヨンの妻』

今年は太宰生誕100周年ということであちこちで太宰モノを見かけるが、真打登場と思える『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ』を観た。

公式サイト:『ヴィヨンの妻』
監督:根岸吉太郎
原作:太宰治
出演:松たか子 浅野忠信 室井滋 伊武雅刀 広末涼子 妻夫木聡 堤真一

(以下、ネタバレを含む)

実に正統派の日本映画。戦後の東京の風景を時代考証をしっかりと行って再現しているのが素晴らしい。そして、色合いの落ち着いた映像。太宰の原作を下敷きにしながらも、映画としての起承転結を明確にして安定した脚本。確かなドラマツルギー。全体を通じて派手な演出はないが、心の機微というものが、ふとしたしぐさや風景に現れている。「モントリオール世界映画祭」で監督賞を受賞したのも頷ける出来栄え。これは確かに根岸吉太郎が、監督としての力量を結実させた作品。その点で「監督賞」受賞というのは、正当な評価を受けたと言えよう。

では、俳優陣。まず、主人公の佐知は、全く知的ではないけれども、現実を生き抜く力を持った非常にたくましい女性。松たか子自身とは重なる部分はそれほど多くないとは思うが、リアリティをもって演じきった。
どうしようもない駄目男の小説家・大谷を演じた浅野忠信は、最初から最後まで文句の付けようのないリアルな駄目っぷり。この辺のダメさは、鏡に写った自分を見るようで、複雑な気分になった。
大谷の愛人役の広末涼子は、それほど出番は多くないものの、スクリーン上で独特の不敵なオーラを放っていた。このキャスティングはお見事。
他の俳優陣も「脇を固める」の一言で片付けるのはあまりに勿体無いくらいの存在感で、この作品を感動的なものにしていた。

で、どこが感動的か。作品を通じて、大谷の借金、窃盗、そして愛人との心中未遂など波乱万丈ではあるが、佐知は大谷の手を取り、「私たちは、生きていさえすればいいのよ」と語りかける。いや、大谷は聞いていないかもしれない。聞いていたとしても、そうは思っていないかもしれない。でも、彼女は自分自身に言い聞かせるように、「生きていさえすればいい」とつぶやくのだ。この辺、すぐに「死ぬ死ぬ」と同情を引こうとする太宰イズムとは真逆のようであるが、これが100周年にふさわしい新しい太宰文学の解釈なのかもしれない。

ということで、いろいろな人に勧めたい作品。まず、松たか子ファンは必見。そして、太宰ファン、日本文学ファンにも見所の多い映画だと思う。また、舞台のほとんどが中野〜武蔵小金井界隈で、ラストシーン(添付写真)も中野駅ということで、JR中央線沿線在住者にもお勧め。最後に、当時の中央線車両がきちんと再現されて走っている姿は、鉄ヲタ歓喜。あ、これはどうでもいいか。