終わらせたくないのだろう〜『another sky』全曲インプレ

最終曲「ふたり」のエンディングのシンセサイザーの奏でる分散和音の最後の一音が終わる。しばらくの間、自分の中でその音の余韻が広がって浸透していくのを感じる。

そして、すぐに一曲目の「マリーのサウンドトラック」に戻って、また最初から聞き返したくなる。GRAPEVINEの『another sky』は、こんな風に全身をその中に浸したくなるようなアルバムだ。

ここに収められた12曲は、シングルとして発売された曲を含めて、見事なまでの統一感を感じさせ、一つの閉じた宇宙を形作っている。その宇宙は、すごく純粋で、内省的で、かなりストイックなものだ。だからといって、似たような曲調が並ぶということは全くない。そこはこのバンドの凄いところだと思うのだが、一人でどこまでも沈んでいってしまいそうなスローな曲もあれば、衝動的に走り出していきたくなるようなアップテンポもあれば、親しい人に優しく接しようという気持ちを呼び起こすバラードもある。夜眠りにつくときに聴いていると胸をしめつけられるような孤独を感じさせる曲もあって、ときにそれはすごく苦しかったりするのだけど、それでもこのアルバムを繰り返し聴いてしまう。

それは、やはり『another sky』の世界が僕の心とすごくシンクロする部分があるからなんだろうと思う。

another sky

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そんなわけで全曲コメント。

1.マリーのサウンドトラック
スローなテンポ、無駄のない音、タメを効かせた後ノリのドラム。もう、どうやっても、自分の心の中に沈みこんでいくしかないのだけれど、誰にも邪魔されずに自分の世界に入っていくのは悪い気分じゃない。朝が来てもカーテンを開けずにこの曲を聴いてベッドにもぐっていたい。

2.ドリフト160(改)
一転してキレのいいハイハットを刻むリズムにカッティングギター。高速道路を160km/hで流してしまいたくなる、気がしないでもない。
そうすれば嫌なことや苦しいことを忘れられるだろうか?
「これが本物の愛なんじゃないか?」なんて答のないことを延々と考える罠から逃げ出せるだろうか?
流れてしまえば。飲まれてしまえば。でも、本当に?

3.BLUE BACK
アップテンポでロックンロールど真ん中の曲、なんだけど、この曲の歌詞は、どこまでがジョークでどこからが本音なのかよく分からない。少なくともそう思わせることを狙っている。
「新しい時代 乗遅れちゃいけません」などは、おそらく半ば皮肉を込めた冗談のように見える一方、「遠回りして 長電話して おれだって そう実はつらいのだ」や「一体何がいけないのですか」など、驚くほど率直な本音の吐露が含まれているように感じる。
ないまぜになった嘘と本当を聴き手が分別しようとすると、最後に「んなワケねえよ!」と叫ばれてしまい、頭の中はこの曲中のハモンドオルガンのようにグルグルと回る。

4.マダカレークッテナイデショー
韻を踏んだ歌詞がユニーク。「モーパッサン」と「もうたくさん」、「膨満感」と「凶悪犯」などなど。そして、モーパッサンといえば、『女の一生』と『脂肪の塊』なのだが、たぶん後者のタイトルは、今の日本では全く別のイメージを喚起するだろう。そういう連想ゲームと異化作用の妙に満ちた言葉をシンプルでヘヴィなサウンドに乗せて、聴き手を謎の中に突き落とす。
タイトルも何かの語呂合わせじゃないかと睨んでいる。たぶん「What a ...... night show !」とかなんとか(ご存知の方がいらっしゃったらお教えください)

5.それでも
アコースティックギターで始まり、緩いドラムと、ゆったりと動くベースに、シンプルなエレキギターが加わる。歌詞は「〜しました」「〜いたいのです」「〜でしたね」のですます調、とくれば、90年代にサニーデイ・サービス曽我部恵一)が甦らせた「はっぴいえんど」の世界。
ワンピース、工場の煙、たばこ屋など、ノスタルジィを感じさせるフレーズも効果的に織り込まれていて、短編の私小説のような完結した風景を見せてくれる。こういう曲はすごく好き。聴いているとどんどん胸が苦しくなってくるけど。

6.Colors
けだるいテンポの6/8拍子に、ゆるいギターのイントロから、僕はすぐに『ノルウェイの森』を連想してしまう。「あの女性はどういうつもりだったのだろう」と回顧しつつ悩むところも本家の共通点かもしれない。
歌詞には、レッド、ブラウン、黄(黄金)、蒼、グリーン、オレンジ、ブルーと、風景に含まれる様々な色が登場するのだけれど、肝心のマドモアゼルの色が何色なのかは分からない。あの女性を、あのときのことを、そしてあのときの自分を、どの色に区分するのか。それは、もしかしたら、ずっとできないことなのかもしれない。

7.Tinydogs
このアルバムで屈指の内省的な曲。どんどん沈み込んでいくのだけれど、どこにも行き着かない。というか、そんなに簡単に行き着けるかよ、そんなに簡単に答が出るかよ、という叫びが聞こえてくる。
「そうだ僕は僕らしく」とか「そっか僕は僕だ」(エヴァのTV版最終話のシンジのセリフを思い出してしまう)というのが、勘違いに過ぎないと嘲笑っているかのよう。「逸脱へ 逸脱へ 向かえばいい」と皮肉を言いながら、しかし最後は「侵してくれ プリーズ」と、相手に対して関わりを求めている。
やっぱり孤独は嫌い。だけど、理解なんて簡単に得られるものじゃない。

8.Let me in 〜おれがおれが〜
切り立つように先鋭的なドラムスのリズム。攻撃的なギターのカッティング。そして、唯我独尊を絵に描いたような歌詞。もちろん、自分自身の思いを表しているのではなく、「嫌な奴」をカリカチュア的に一人称で描いているのだろう。悪役=ヒールの内面に入り込んで、自分勝手なロジックを組み立ててしまう田中の表現力に改めて感服させられるナンバー。
歌詞に呼応して暴れまくるツインギターも印象的。パワフル。パワーハラスメントすれすれなまでにパワフル。GRAPEVINE=繊細、GRAPEVINE=内向的というイメージを吹き飛ばす起爆力を持っている。

9.ナツノヒカリ
ここからラストまでの4曲は際立って高い統一感を示していて、一連の曲、ストーリー性のある組曲として聴かざるを得ない。
「ナツノヒカリ」については、かつてBlogでもエントリーした(2005-08-14 - Sharpのアンシャープ日記)ので重複は避けるが、一言で言えば「無為を後悔する回顧」とでも言えるかもしれない。
楽曲的に凄いのは、イントロからAメロの終わりまで、つまりサビに入るところまで、ずっとベースが同じ音(基音)を奏でていて、コードとしては4度(sus4)と3度(メジャー)の間をウロウロというところ*1。まさに「どこまでも続く気がして」「いつまでも遊ぶつもりだっけ」の通り。そして、サビに入って一気にコードが展開し、このウロウロから突き抜けるかと思いきや、それが仮定法過去完了の世界だと分かる残酷さ。でもそういうことあるよね誰にでも。

10.Sundown and hightide
エロい歌ですな。あまりに健全なエロ、というか、官能的描写のメタファーとしてあまりに王道すぎる気もするけど、やっぱり艶っぽい。個人的には、初期スピッツ草野正宗が垣間見せたような、どうしようもなく狂おしいまでの変態性*2みたいなものがあるといいのに、などと思ってしまうのだけれど、それはないものねだりなのかな。
この曲に登場する相手の女性は、僕の頭の中のストーリーでは、前曲「ナツノヒカリ」の中の「君」なんだけど、君に対する想いが成就したのか、それとも募る想いがこういう妄想を肥大化させたのか。前者であってほしいと思うのだけれど、たぶんきっと後者なんだろうな…

11.アナザーワールド
さあ、エンディングに向けてスローダウンして参りました(笑)
「この世界」ではなく「別の世界」を希求するこの曲を聴くと、やっぱり前曲「Sundown and hightide」が、実現しなかった妄想に過ぎなかったとの思いを強くせざるを得ない。
ここからの2曲は、コードとして「泣かせのメジャーセヴンス」を多用している。つまり「ド・ミ・ソ・シ」。すごく哀愁を感じさせるコードを要所要所で巧みに使っている。もう泣けるって!本当に! ツボに入ってますから。
ぼくらはどこに行くのだろう。

12.ふたり
この曲でアルバムを締めくくるGRAPEVINEというバンドが本当に好きだ。なぜって、もし前曲「アナザーワールド」で終わってしまったら、もしかしたら、僕らは自分の人生をも終わらせてしまおうと思うかもしれないから。
人生はそんなに思い通りにならない。自分はそんなに強くない。君には近くにいて欲しい。でも「君こそが僕の生きる意味」だなんてことは言えない。そんなこと。でも、やっぱり必要なんだ。それに気付いた。
…まあ、そんな曲だと思うけれど。ボーカル、ギター、ドラムスなどの楽器が、力が抜けているようで、迷いがないようで。そんな感じで一緒にいられる「君」ならば、きっと「ふたり」で歩いていけるんだろう。そんな「君」なら、きっと「ふたり」で生きていけるんだろう。

エンディング部の余韻を残すようなキーボードのアルペジオに、僕は救われる。いつでも、またここから同じように始めればいいんだ、と。闇の中に、確かな手掛かりを得たような安心感で、このアルバムは終わる。

体中にこの余韻を受け止めて、僕はまた最初から聴き返す。いつまでたっても終わらない。というか、終わらせたくない、のだろう。

*1:似たようなイントロを持つ有名な曲に山下達郎の『クリスマス・イヴ』があるけれど、タツローはちゃんとリスナーを夢の世界に運んでくれる。パッヘルベルのカノンさえ聴かせてくれる。でもVINEはそうしてくれない。それはずるいよね

*2:田中がストレートに「君を傷つけたい」と告白しているだけなのに対して、たとえば草野は「消えないようにキズつけてあげるよ」(「猫になりたい」)という言葉責めの入ったセリフを吐いていて、どっちが変態かは明白である