藤井風「Fujii Kaze "NAN-NAN SHOW 2020 " HELP EVER HURT NEVER」@日本武道館

エンタメ業界にとって「ステイホーム」という標語は功罪相半ばするものがある。

テレビ番組というチャネルを持っている大手事務所が「ステイホーム」を唱えるのは、現体制を維持強化するのに有利なポジショントークという面がある。

一方で、テレビの音楽番組に出たことのなような新進気鋭のライブアーティストにとっては、やはりライブの現場で評判を上げていくしかない。

たとえば、藤井風のように。

彼のような若者には「ステイホーム」ではなく、観客を集めたライブで実績を重ねていくことで未来が開かれるのだ。

藤井はもともとYoutubeでカバー曲のピアノ弾き語りを世界に発信していたのだが、今年発表したファーストアルバム『HELP EVER HURT NEVER』が好評で、この日、初の武道館ワンマンを迎えたのだった。

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武道館は、一人おきではあるが、360度アリーナから3階までびっしりと埋まっていて、藤井風の人気を伺わせる。

第一部は、中央のステージに藤井風が一人で登壇し、ピアノを弾き語るというスタイルで始まる

記念すべき初武道館の一曲目は、ちょっとおどけたような軽いタッチで「アダルトちびまる子さん」。

これは意表を突かれた。

そして流暢な英語でのボーカルで「close to you」「just the two of us」。

この大舞台に、Tシャツとジーパンとスニーカーで現れて、自らのピアノだけで聴衆を魅了する。

これが初武道館とは思えない、堂々とした立ち居振る舞い。

MCも最初に英語、そして岡山弁の日本語ということで、Youtubeでもお馴染みの藤井風ワールドが武道館に出現した。

椎名林檎カバーの「丸ノ内サディスティック」から、オリジナル曲の「特にない」「風よ」へとスムーズにつなぐ。

このセトリの流れは、まるでアーティスト・藤井風の進んできた歩みを見るかのようだ。

換気のための15分間の休憩の間に、ステージはバンド編成へと模様替えされる。

ピアノをセンターに据えた構造は同じだが、色は白から黒へ、そしてドラム、ベース、ギターが用意される。

第二部では衣装を変えて、2019年のデビュー曲「何なんw」から、セカンドの「もうええわ」へ。

ここでもやはりクロニクルに藤井風の歴史をなぞるような意図を感じるセットリスト。

しっとりと歌い上げるバラード調の「優しさ」を終えると、武道館の照明はクラブのように妖しい雰囲気へ。

アーバンなアレンジの「キリがないから」では、MVでもお馴染みのアンドロイドのヒロムが登場。

大型ディスプレイには、マシン語のような数字の羅列アートVJが流れる。

藤井風もヒロムとシンクロするかのようなロボットダンスを見せる。

背が高いのでステージ映えすることこの上ない。

ピアノ弾き語りでは味わえない藤井風のビジュアル面での魅力を堪能。

これが、今日のライブの中での僕の個人的なハイライト。

アーバンでアダルトな雰囲気の中で「罪の香り」「調子乗っちゃって」「死ぬのがいいわ」のコンボ。

これはもう本当に死ぬかと思うくらいの致死量の色気。

照明の演出も冴え渡り、個人的にはこういうクラブっぽい演出でダンスする藤井風をもっともっと見ていたいと思わずにはいられなかった。

そして、この大舞台で新曲を披露!

それもまさかの2曲。

一曲目は「へでもねーよ」で、アーバンロックを極めたような都会的なサウンドに、ストレートな歌詞。
打ち込みの上に歪んだギターが暴れる感じで、これは米津玄師とかKing Gnuとかを聴く若い世代にも刺さりそう。
個人的には、深夜アニメのOP・EDあたりにもハマりそうなキャッチーさを感じ、コラボあるかも?!と思った。

二曲目は「青春病」で、爽やかシティポップ。
16ビートを感じさせるちょっと懐かしいサウンド、爽やかなメロディでサビで「青春はドドメ色」という歌詞にちょっとフックのある曲。
若い頃にシティポップを愛した世代にも広く親しまれるだろうなという感じ。

いずれの2曲も、ファーストアルバムの路線から単純に「キープ・コンセプト」としたものでは全くなく、新しいフィールドに出て行こう、また新しいファンを獲得しようという、チーム藤井風の強い意思を感じずにはいられなかった。

ライブの終盤は、やはりみんなで盛り上がれる方がいいよね、という気持ちになっているところへ「さよならベイベ」。

サビで左右に手を振るワイパー。

ああ、こういうライブの楽しみ方って最近なかったものだよねと実感。

そして最後は、彼のキラーチューン「帰ろう」。

気持ちが乗っていると感じるボーカルとピアノ。

天井からは白い羽がたくさん降ってくる演出。

MVでは、赤い風船が空へと飛んでいくものだったが、あの演出と意図は同じだろう。

一人一人はとても小さな存在。

でも、かけがえのないもの。

そんな「人」というのがこの世にはたくさんいて、悠久の時間の中ではさらに多くの「人」が生まれて、なくなって・・・

そんな中で、今ここに一緒に居られることは本当に「奇跡」と呼べるようなものだろう。

そう感じさせる演出。

たくさんの白い羽が天から舞い降りて、そのうちのいくつかは藤井風の頭の上に止まる。

僕らも、もしかしたら、そんなふとしたきっかけで彼の音楽と出会っているのだろうと思う。

演奏が終わると、彼は頭に白い羽を乗せたまま、武道館の四方にいる観客に順番に頭を深々を下げた。

アンコールはなかった。

それでいい。

これ以上に余韻を残す終わり方は、他にはなかっただろうから。

ということで、藤井風の初武道館ワンマンという歴史的瞬間を見届けることができた奇跡に感謝したい。

そして、ライブ音楽業界が、今回のようなライブの実績を積み重ねていくことで、大勢の人がライブを楽しめることが日常に戻ってくるようにと僕は祈る。

「HELP EVER HURT NEVER」。

常に助け、決して傷つけない。

そう、藤井風のファーストアルバムのタイトルのように。


(セットリスト)

<第一部:ピアノ弾き語り>
1 アダルトちびまる子さん
2 close to you
3 just the two of us
4 丸ノ内サディスティック
5 特にない
6 風よ
(15分休憩)
<第二部:バンド編成>
7 何なんw
8 もうええわ
9 優しさ
10 キリがないから
11 罪の香り
12 調子乗っちゃって
13 死ぬのがいいわ
14 へでもねーよ(初披露)
15 青春病(初披露)
16 さよならベイベ
17帰ろう