Negiccoなりの「脱アイドル」宣言〜Negicco「ティー・フォー・スリー」

届いてますか そこにいますか
手紙を書く 未来の私へ
すてきな人になっていると信じてもいいよね
Negicco「私へ」)

アイドルとしてデビューして13年目のNegicco

シングル曲はオリコントップ10入りが恒例となり、日比谷野音中野サンプラザでのワンマンも実現した。
では、そんな彼女達にとっての「未来」とはどんな姿なのか。「すてきな人」って具体的にはどんな人なのか―

「脱アイドル」を言葉として宣言することはマーケティング的には愚策だと思うが、作品としてコンセプチュアルに示すのは有効な手法。

Negiccoの新作アルバム「ティー・フォー・スリー」は、これまでのアイドル路線とは一線を画す作品になっている。いわばNegiccoなりの「脱アイドル」宣言を作品で示した格好になっている。

アルバムを構成する全13曲。どこを切っても粒の揃った良質なポップスが集められている。
シングル曲「ねぇバーディア」は、アイドル歌謡曲のテンプレを踏まえているが、それ以外はいわゆる「シティポップス」路線と言ってもよい。


Negicco 3rd Album 「ティー・フォー・スリー」全曲試聴トレイラー映像

「アイドルソングがはびこる中で、ポップスど真ん中に来たNegiccoの存在感が引き立つ」みたいな評判も見たが、それはマーケットを知らなすぎで、この路線に取り組んでいるアイドルは実は結構多い。ただし、商業的に成功しているところはほとんどないのも事実。

そこに参入してきたNegiccoだが、いずれもクオリティの高い楽曲揃い。

1. ねぇバーディア

華のあるシングル曲。アルバム全体のコンセプトからすると浮いているが、名刺代わり。

2. RELISH

16ビートとシンコペーションの生み出すグルーヴ感。絶頂期の今井美樹作品を感じさせる「あの頃のお洒落感」。岩里祐穂の歌詞、肩の力を抜いたようなボーカルが「大人のNegicco」。

3. マジックみたいなミュージック

EW&Fの名作をオマージュしたようなディスコファンク。歌詞にもあるように「どこかで聞いたディスコミュージック」。アイドルソングにあるような「沸く」楽しみ方ではなく、身体が踊りだすような楽しみ方をしたくなる。

4. 恋のシャナナナ

「金曜の夜はFriday Night」という歌詞で始まる軽快なポップス。ザ・バグルス「ラジオスターの悲劇」オマージュも感じさせつつ、野宮真貴時代のピチカート・ファイヴ、あるいはNONA REEVESを連想させる。「DJ、DJ」なんて歌詞はまさにそう。

5. Good Night ねぎスープ

ダンスミュージックが続いたところでしばしチルアウト。「ねぎ」がタイトルに入っているが、泥臭いところもコミカルなところもほとんどなく、ミニマルなアレンジが都会的な風味を醸し出している。それでいて、温かみもあるのがNegiccoらしいところ。

6. 江南宵唄

SCLLによって切り開かれたNegiccoの新しい地平。いままでで最も黒く、歌唱法もハスキーでウィスパーな表現に初めて挑戦。ライブで見たらどんなダンスなんだろうとか想像を掻き立てられる。このアルバムの中で図抜けて印象的なトラック。

7. カナールの窓辺

バート・バカラックの名作と見まがうようなユメトコスメ・長谷泰宏による凝ったアレンジ。ストリングスとホーンセクションが絶妙に絡み合う品の良い楽曲。シングルのカップリング曲のときには「地味」な印象はぬぐえなかったが、このアルバムの中に置かれることで本来のクオリティの高さが光るようになった。

8. 虹

リズムやコード進行や音色で従来型の「Negiccoらしさ」を醸し出しつつ、ボーカルのメロディーはややトリッキー。音源ではまだ3人の呼吸が整っていないような部分も感じさせるが、ライブで育っていくと大きなうねりが生まれそうな印象。

9. SNSをぶっとばせ

Negiccoお得意のモータウンサウンドだが、モノラルとすることでさらに懐かしさを演出。比較的アイドルライブでも盛り上がれそうな楽曲。ただ、「昔の彼の結婚報告をSNSで知る」みたいな堂島孝平の歌詞は、今のNegiccoがターゲットにしている「同世代の女性」よりもむしろ「おじさんの幻想の産物」という気がする。その辺の「古臭さ」も計算ずくなのかな。

10. 矛盾、はじめました。

サウンド的には大人な女性ポップス。「素晴らしい明日のため決めたの」という歌詞の割に結局何を決めたのか分かりにくいあたりも含めて、背伸び感というか、妙齢感を醸し出している。これがシングル曲としてリリースされたというのは、今思えば大胆でしかないし、その時点で「脱アイドル」に舵を切っていたんだと思わざるを得ない。

11. 土曜の夜は

maj7、9thをはじめとするテンションコード、シンコペーション、そしてブレイク。間奏でのピアノ→ギター→ストリングスとリレーしていくソロ。都会的な歌詞。どこを切っても、1970年代後半から80年代前半のオシャレなシティポップスそのもの。これを今Negiccoが歌う意味は僕にはよく分からないが、ある種の「ルネッサンス」なのかな。

12. おやすみ (Album Ver.)

これはフィリーソウルのバラードそのもの。原曲ではメロウなエレピがけだるさを演出していたが、このAlbum Ver.ではグランドピアノを主体としたアレンジに変えることで、よりスケールが大きくなったように聞こえる。個人的には、ピロートーク的な雰囲気のある原曲のアレンジの方が好み。

13. 私へ

坂本真綾作品。歌手デビュー20年を経て結婚し、いまなお活動する彼女は「脱アイドル」としてのNegiccoロールモデルになっていくのかもしれない。そう思わせる。

届いてますか そこにいますか
手紙を書く 未来の私へ
すてきな人になっていると信じてもいいよね
Negicco「私へ」)

リーダーのNao☆が憧れる存在であるが、坂本真綾は、なりたい「未来の私」、あるいは「すてきな人」に重なる部分が大きいのではないかと思わせる。


今回の「ティー・フォー・スリー」は、いわゆるリリイベも控えめで、「目指せオリコン〇位!」みたいな目標を掲げることもなかった。昨年の野音ワンマンの後は「来年武道館に立ちたい」と宣言したNegiccoであったが、アイドルブームの縮小する中、いたずらに勢いを追うことはしない方針に転換したように見える。

このアルバムのように良質なポップスを生み出しながら、先月の中野サンプラザや7月のNHKホールのような「じっくり聴かせる」タイプのハコでのワンマンを中心に活動していくのであれば、それもアリだと思う。

アイドルかアーティストかという二分法には意味はないと思うが、Negiccoとしては、地に足を付けて未来を見据えた活動をしていこうとしている、そんな意思を感じるアルバム。

上質な楽曲の良さをこれ見よがしに押し出すこともなく、背伸びしたり力んだりすることなく、サラッと気持ちよく聴かせてくれるのがこのNegiccoの「ティー・フォー・スリー」の美点だろう。

もしかしたら、ファンの受け止め方の方も、コールをしたり、ペンライトを振ったり、タオルを回したり、PPPH的なクラップをしたりするような従来型のアイドルテンプレではない受け止め方、楽しみ方を見い出さないといけないのかもしれないね、これから先は。

ティー・フォー・スリー

ティー・フォー・スリー