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なぜアイドルの<物語>にムキになるのか〜『紋切型社会』(武田砂鉄)

書籍

筒井康隆に『言語姦覚』という本がある。

「あのですね」「やっぱり」「一言で言って」「私って意外と」など、普段なにげなく使ってしまいそうな言葉を、深層心理まで掘り下げて分析したもので、心理学に造詣の深い筒井氏ならではの著作。これを読んでしまうと、自意識過剰になり「やっぱり」という言葉でさえ使えなくなってしまうという恐ろしい本であった。

武田砂鉄が著した『紋切型社会』は、21世紀版の『言語姦覚』ともいうべき作品で、現代にあふれる紋切型のフレーズを独特の視点から、斬って斬って斬りまくっている。その語り口は、筒井の軽妙で畳み掛けるような文体とは異なり、やや粘着質でシニカルな味わいがある。

全部で20章からなり、それぞれの章に代表的なフレーズを記している。個人的にはすごく共感できるものと、そうかなあと思うものが混在していて、それも典型的な反応かと思うが、視点として共感性の高かったのは以下の通り。

  • 禿同。良記事。
  • あなたにとって、演じるとは?
  • なるほど。わかりやすいです。
  • 会うといい人だよ
  • ”泣ける”と話題のバラード
  • 逆にこちらが励まされました

いずれも僕自身が違和感を感じることがあるフレーズで、その正体を的確に言い当ててくれていた。

ちなみに、最後の「逆にこちらが励まされました」は、某国民的アイドルグループが被災地を訪問したときに感想を聞かれたのに答えた某メンバーのコメントで、この章ではある種の<物語>に対する解釈を強要することへの違和感が示されている。

そして、この章では、宇野常寛のこのアイドルグループに対する発言が二箇所引用されている。

(ノコギリ事件後に)この件で、事実を脚色したバッシングが明らかな書き手、記者、編集者は、どこかで機会を見つけて実名を挙げ、批判していきたいと考えている

(あるメンバーが丸坊主になった後に)何かあるたびに構造や背景の分析もなしに『きっと不気味な・ダメな・悪しきものがある』というイメージを煽って『わからないけどけど叩いていいもの』にカテゴライズする知性は本当に醜悪だと思う。

この宇野常寛の発言を引用した上で、著者の武田砂鉄は、こうした宇野の発言こそ醜悪であると断じている。

僕はどう思うかと聞かれれば、知性に対して「醜悪」という判断基準を持ち込む宇野の姿勢をそもそもどうかと思うけれども、そういう言葉尻を除いても、自分たちの<物語>の解釈を他者がするのは許さないと言わんばかりにこのアイドルグループにのめり込んでいる宇野の姿勢が尋常でないことは指摘しておきたい。

もちろん、僕自身もアイドルグループにひとかたならぬ思い入れを持っていて、自分なりの<物語>を見出している一人だ。

だが、その解釈を決して他人に強要などしないし、ましてや、他人の介入を拒むような脅しもしない。

アイドルの<物語>の解釈は万人に開かれている。たまにこの点で意見を異にする熱心なファンから、「わかりもしないくせに口を出すな」とばかりに突っ込みを受けることもあるが、そんな輩は口上でも唱えていてくれ。馬鹿め(と筒井康隆なら書くところだろう)。

ということで、現在の社会では紋切型が自動生成され、SNSを通じて拡散される傾向があるが、『紋切型社会』は、そんな世相を鋭く切り取った力作である。禿同、良記事、と書きたくなるが、ここでは自重しておこう


紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす

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