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正統性の在処―『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』

「どうして逃げるの?」
「警察が追うからだ」
「悪いことしていないのに」
クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』)

警察が正しいことをしているわけではなく、警察がしていることを正しいとみなさざるを得ないという皮肉。こうした態度は、9.11以降のアメリカでは一定の支持を得ている。大量殺戮兵器はどこにあったのか?と。

正義のために力を奮って悪を倒す―まさにアメリカを体現したようなようなヒーローの「キャプテン・アメリカ」も、今回はアメリカの敵として追われる立場になる設定。


映画『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』予告編 - YouTube


アメコミ原作で言えば『ダークナイト』や『ウォッチメン』もそうだし、スパイものまで含めれば『ボーン』シリーズや『ソルト』そして最近の『007』シリーズもそうだ。

理不尽にも、自らの所属する組織を「敵」に回して戦うことになる。そこで明らかになるのは、正義は組織に奉仕することで実現するのではなく、自らが考えることで見出し、苦闘の末に実現できるものだということ。

言い換えると、正義の正統性は組織に属するのではなく、ただ絶対的な価値として存在する。ということで、この作品も、最終的には、キリスト教、とりわけプロテスタンティズムと親和性の高い価値観に貫かれた作品である。

ネタバレ回避のために詳細は書かないが、今回の「敵」は割と分かりやすいもので、どちらかというと古典的なもの。その意味では、「正義など相対的であやふやなものに過ぎない」という地平まで進んでしまった『ダークナイト』と比べると、最終的には不安にならない領域に留まっている。

この点で、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』は、あくまで大衆娯楽映画ではあるが、スト―リーの伏線、どんでん返しの連続、アクションのスピード感、メカのかっこよさ、そして、キャラクターの人間関係など、あらゆる点でよく練られていて、現在のハリウッドの最高水準の一つを示していると言っていいだろう。

原作や前作を知らなくても楽しめるような説明もさりげなくなされていて、エンタテインメント性を求めるのであれば、決して裏切られることのない作品。