我々の魂は、かつて天上の世界にいてイデアだけを見て暮らしていたのだが、その汚れのために地上の世界に追放され、肉体という牢獄に押し込められてしまった。そして、この地上へ降りる途中で、忘却の河を渡ったため、以前は見ていたイデアをほとんど忘れてしまった。だが、この世界でイデアの模像である個物を見ると、その忘れてしまっていたイデアをおぼろげながらに思い出す。
(プラトンの言葉)
今日は富永美杜さんの18歳の誕生日。
みもはドロシーのステージで観客席に向かってさまざまな表情を見せる。曲想に合わせて、ときに楽しげに、ときに切なげに、ときに妖艶に。
表情は万華鏡のようにくるくると変わるが、どの表情も僕らをドロシーの世界に引き込む。いつもたくさんのことを伝えてくる。
みもの視線の先にいるのは、個々のファンがいる。時に自分と目があったと錯覚することもある。が、たとえ、みもの目線が自分の方に向けられていなくても、彼女が「別の誰かを見ている」と感じることはなく、「観客席に向けて演技をしている」と感じる。彼女が見ているのは、個々のファンというよりも、「ドロシーのファン」というイデアなんだろう。
そんな「ドロシーのファン」に対して、みもは全力で表現をぶつけてくる。「恋をしてるのきっと」のワクワクするような世界。「COLD BLUE」の凍てつくような世界。そして「ストーリー」のジェットコースターのようにくるくると景色の変わる世界。
もしかしたら、みもが見ているのは「ドロシーのファン」というイデアよりもさらに広い何かを見ているのかもしれない。みもが、より多くの人に表現を伝えようとすればするほど、その力は強くなるように思える。
ということで、富永美杜さん、18歳のお誕生日おめでとうございます。
ステージの上で見せてくれる表現者としての凛々しい姿、ステージの外で見せてくれるいたずらっこな姿。どちらのみもも素敵だと思っています。
歌とダンスとトーク以外でも、イキイキとしたした表情が魅力的なイラストとか、ドラマティックな瞬間を切り取る写真とか、みもが見せてくれる豊かな才能が好きです。
17歳の富永美杜の活動は本当に充実していたと思いますが、18歳になってますます、みもが伝えたいことを多くの人に伝えていけるようになると信じています。