語り得ぬものについては、沈黙しなければならない。
(ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」)
ジャネット・イエレンFRB議長の就任後初めてのFOMCが開かれた。
会合終了後の記者記者会見では、彼女の持ち前の賢明さをもって、市場に明確なメッセージを伝えることが期待されていた。
実際、彼女が発したメッセージはこれである。
量的緩和縮小の継続を決め、債券購入額を月額100億ドル減らした。金融政策の先行きを示す「フォワードガイダンス」は失業率6.5%の数値基準を撤廃。声明文では量的緩和の終了後も「相当な期間」は現行の政策金利を維持することが適切だと指摘した。
まずは量的緩和の継続。これは当然だ。その上で、債券購入額の漸減。これも既定路線でサプライズはない。そして、フォワードガイダンスで数値目標を撤廃するのも、機動的で柔軟な政策のフリーハンドを確保するという観点からは、歓迎されるべきものである。そして、政策金利を「相当な期間」維持すると。
どう見ても優等生的で卒のない内容である。
だが、この会見後、ドル相場は急騰し、株式相場は下落した。結論から言えば、彼女は市場を動揺させてしまった。
ではどこに起爆剤があったのか。ポイントは声明発表後の質疑応答にある。
イエレン議長は会見で、声明文の「相当な期間」について質問を受けると、「これは定義しがたい条件だが、おそらく6カ月程度とか、その種のことを意味しているだろう」と答えた。
これはいかにも不用意だった。答える必要のない答だった。示す必要のない情報だった。
また、市場の方も、この「6ヶ月」だけを
額面通りに受け止めてしまい、条件反射でポジションの調整を始めてしまい、相場が急変動した。何も新しいことは言っていないし、彼女自身もそういう意図はなかったのに。
こうして、イエレンと市場との初めての対話は失敗に終わってしまった。
このミスコミュニケーションを責任を一方的に彼女に帰すこともできないし、市場に帰すこともできない。要するに、両方とも、お互いの使う言語の分からないままに距離を縮めすぎてしまったということではないかと思う。
「他者」とのコミュニケーションをウィトゲンシュタインにならって「言語ゲーム」と呼ぶならば、通貨当局と市場参加者という他者間の言語ゲームは、基本的に難しいものだ。だからこそ、FRBウォッチャーや、日銀ウォッチャーという専門家が存在する。
今回、議長が変わったことで、FRBはこの言語ゲームのルールを市場と再確認しながら行うことが求められていた。にもかかわらず、イエレンは、持ち前の誠実さと賢明さを必要発揮してしまい、語るべきでないもの、ぼかすべきもの、はぐらかすべきものを、誤解を招くような形で明示してしまった。
いくら言葉を尽くしたとしても、目の前の相手は、自分と同じレベルで、自分と同じように物事を理解してくれることはない。
イエレンは今後市場との対話を重ねるなかで、そのことを身にしみて覚えるだろう。そうして、市場が誤解しない言い回しを覚えて行くのだ。それによって、両者のコミュニケーションの質は高まるだろう。
この辺の対話については、NegiccoのKaedeさんが、自身の大学での化学研究についてファンに語るときの絶妙な距離感が参考になると勝手に思っているのだけど、語ると長くなりそうなので、今回はここまで。いずれ「Negicco Kaedeの成長ストーリーこそ、コミュニケーションの教科書だ」っていう本でも出したい。
(この内容につき討議相手になってくれ、またブログにエントリすることを勧めてくれたTakashi Kimuraさんに感謝をこめて)