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私達は何者になったのだろうか―酒井順子『ユーミンの罪』

きっと何者にもなれないお前達に告げる。ピングドラムを手に入れるのだ。
(『輪るピングドラム』のプリンセス・オブ・クリスタル)

酒井順子の『ユーミンの罪』を読んだ。彼女はこう書いている。

ユーミンに対しては、「いい夢を見させてもらった」という気持ちと、「あんな夢さえ見なければ」という気持ちとが入り交じる感覚を抱く人が多いのではないでしょうか。かくいう私も、その一人。ユーミンを聴かずにもっと自分の足元を見ていたら、違う人生もあったかもね、とも思います。
(『ユーミンの罪』P.18)

残念ながら、僕個人は荒井由実松任谷由実をそこまで聴きこんでいないし、彼女に対してそこまでの強い想い入れがないので、この感覚は全く共有できない。でも、一時代を築いて、いまなお大きな影響力を持つアーティストのことだ。きっと、多くの人の人生を変えたに違いない。

本書では、ユーミンのアルバムをクロニクルに並べて章立てしている。そこから、代表的な曲を選んで、当時の時代背景とそこで歌われている人物の心理分析を行っている。音楽的な分析はほとんどなくて(それはそうだ、酒井順子はそっちの専門家ではない)、どちからといえば、歌詞の抜粋から、登場する女性の心理を掘り起こす。

キーワードとなる「助手席」とか「つれてって文化」とか「誰の彼女かで決まるヒエラルキー」とか、現在の価値基準からするといかにもバブル期という感じの言葉だが、当時の社会情勢がいかにユーミンの歌の世界観とシンクロしていたということが示される。

ただ、気になることもある。

通常の場合、酒井順子は怜悧で分析的な観点を保っているのだけれども、この本での彼女は、あまりにユーミンが好きすぎて、客観と主観が交錯しているように見える箇所が散見される。たとえばこうだ。

ユーミンという歌手が登場したことで、成長し続ける日本に生きる女性達は、刹那の快楽を追求する楽しみを知りました。同時に、「刹那の快楽を生み重ねることによって『永遠』を手に入れることができるかもしれない」とも夢想するようになったのです。
(『ユーミンの罪』P.18)

これなんか、当時の女性に普遍的なこととして論じているのか、筆者の個人的な見解として論じているとか判然としない。いや、そういうのが混在しているのが面白いという見方もできるけれども、真面目に考えると、このような「勘違い」を日本中がしていたのだろうかという疑問は残る。

では、この本のタイトルにある「ユーミンの罪」とは何か。それは、あとがきで「ある40代の独身女性」の言葉として紹介されている「ユーミンは、救ってくれすぎたんですよ」が象徴している。要するに、夢を見させすぎてくれたと。

その結果、ユーミンの歌に救われた人は何者になったのか。ある人たちは、本書でいう「キャリアウーマン」となり、独身で働いているだろう。また、別の人たちは家庭に収まっただろう。だが、ユーミンの歌が見せてくれた夢のように、キラキラする王子様に迎えられて、永遠を手に入れた人はどれだけいるのだろうか。そういう話である。

もちろん、人は実際には「永遠」など手に入れられない。そんなことはユーミンだってわかっている。彼女だって欺瞞を歌ったりしない。むしろ勘違いする方が悪いとさえ思う。

最後にいつものように考える。一体、私達は何者かになれたのだろうかと。それなら、何者になったのだろうかと。

ユーミンの罪 (講談社現代新書)

ユーミンの罪 (講談社現代新書)